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温泉に行こう!(影武者ケイ)

 

 

 ――ジョナサン・ジョースターという男は、実によくわからない。その日、彼は心底そう思ったそうだ。

 

「ねえ、DIO。君はオンセンっていうものに興味はないかい?」

 今日も今日とて、人の夢の中に無遠慮に登場してきた青年は、突然、不躾にそんなことを尋ねてきた。

 人の良さそうな顔立ちをしているこの男は、ジョジョと言う。

 百年前、自分と三度にわたって死闘を繰り広げた末に死んだ人間だ。今現在、彼の肉体は自分の首から下についているのだが、身体を奪った弊害か。それとも何か悪い呪いでも受けたのか。この男は俺が百年ぶりに目覚めてからというもの、毎夜毎夜、こうして夢の中に現れるようになった。

 そうしてとある夜、彼から、彼の魂はもう何巡もこの世界を繰り返しており、これから起こる全ての未来を知っていると告げられ。このままいけば俺は空条承太郎に倒され、未来が無いとまで宣言されたのが、ついこの間の出来事だ。

 その運命を回避するため、現在、このDIOは、何故か空条承太郎と恋人関係を結ばされている。などという奇妙な状態になっているのだが。さて。ただでさえふざけた提案ばかりしてくるこの男は、この上なにをのたまってくると言うのだろう。

「……貴様は、東洋の島国の文化を楽しむためにこのDIOをそそのかしたのか?」

「いやだなあ、ディオ。怖い顔をしないでくれ。これは純粋な僕の好奇心さ。君だって、目覚めてから様々な世界を回ったとは言え、日本に長く滞在するのは初めてだろう? せっかくたくさん時間もあるんだ。どんな文化があるのか体験したいって思ったって、バチは当たらないだろう。その身体だって、元々僕のものなんだし」

「………………」

 そう。このDIOは、いま、日本などという狭い東洋の島国に長期にわたり滞在している。……滞在している、という表現は何かと語弊があるのだが、この説明が最もわかりやすいので、今はそう説明しておこう。

 しかし、いくら肉体の元々の所有者であったとしても、このDIOとて暇ではない。そのオンセンとやらに行くのだって、有意義なことには思えない。

「この世の王は皆、オンセンを楽しんでいるんだよ。ところでディオ。この世の支配者たろうとする君は、しかしそのオンセンをまだ体験したことがないという。これは由々しき問題じゃあないのかな」

「……貴様。もっともらしい理由をつけて、ただ単に自分がそれを楽しみたいだけだろうが」

「ははは。バレたか。でも、ディオ。君だってちょっとは興味もあるはずだ。それに、君はさっき暇じゃあないって言ったけど、今の君は時間を持てあましているはずだろう。それなら、たまには部下も誘って、もちろん恋人らしく承太郎も誘って。骨休めをしてくるといいじゃあないか。平和を楽しむのもいいものだよ」

「仮初めの平和など、退屈で死んでしまいそうなくらいだ。だが、貴様に毎夜毎夜、こんなくだらん我がままで俺の睡眠を邪魔される方がもっと迷惑なのも事実だな……」

 ため息をついて、俺はやれやれと頭を抱えた。

 こいつの髑髏(しゃれこうべ)なんぞを大事に取っておいたからこんな厄介なことになったのだろうとは自覚しつつ。しかし、この先の未来に、真に己が帝王たる世界を掴めるならばと。ジョジョの茶番にも付き合ってやっているのだ。毒を食らわば皿までとはよく言ったもの。ここまできたら、オンセンだろうとなんだろうと、とことんこいつに付き合ってやるとしよう。

「しかし、ディオ。僕はここでひとつ重大なことに気がついた。……吸血鬼って、オンセンに入れるんだろうか?」

「………………」

 百年前から諦めてはいたが。百年経って、更に明後日の方向に思考回路を悩ますようになった、かつての宿敵に。

 俺は大仰なほど肩を竦めて、最近しなくなって久しくなったため息を、大きく吐き出すのであった。

 

   ◆◇◆

 

 

 自分の恋人に文句をつけたら、キリがないのだが。

 放課後、学校から自宅へ向かう通学路の途中で、突然車を横付けされて、人通りが少ないのをいいことに、車内から降りてきた大男に二人がかりで押さえつけられ、バックシートに放り込まれると言う暴挙は。仮に恋人であっても許されないと言うか、もし目撃者がいたとしたら間違いなく一一○に通報されていることだろう。

 そんなこんなで。突然、誘拐か拉致かはわからないが。そんな被害に遭った俺は。真っ先に、この犯人が現在の自分の恋人……らしい相手による犯行だろうと確信してしまう程度には、既にそいつのことを深く理解していた。

「ロープでがんじがらめにして簀巻きにされなかっただけいいと思え。なに、乱暴なことはしたくなかったのだが、貴様がストレートにこのDIOの誘いに応じるとは思えなかったのでな」

「温泉に行くってんならむしろ普通に誘え。俺はてっきり、これから東京湾にでも沈められるのかと思ったぜ。そんなことよりもDIO。テメェ、なんで棺桶なんかに引きこもってやがるんだ」

 広い車内のバックシートには、背もたれを倒した座席の上に、場違いなほどの仰々しい黒塗りの棺が鎮座している。

 その鉄製の棺桶には【DIO】という文字が金色で描かれており、あまり受け入れたくない現実なのだが、現在の俺の恋人である吸血鬼の寝所がそれであった。

「我々が今から向かう場所は、いささか遠い場所にある。真のニッポンのオンセンというのは山中にあるのだろう? 業腹ながら、貴様の帰路を狙って攫う――もとい、このオンセン旅行に誘うには、日が沈み切っていないこの時間帯を狙う必要があったのだ。ドアを開ければ、太陽の光がわずかながら車内に入りこむ。念には念を入れてというやつだ」

「そうかよ」

 ギギギギギギギギ。と、俺は力を入れて、その棺の蓋に指をかけ、開きにかかる。

「WRYYYY! 棺桶を開けようとするんじゃあないッ! 早く会いたい貴様の気持ちも理解できんわけではないが、おあずけもできん犬に、このDIOの愛情をくれてやることはできんぞッ!」

「別に要らねえよそんなもん。それよりも、このまま棺桶を外に放り出して対向車にでもぶつけりゃあ、テメェは真っ直ぐ天国に行くんじゃあねえかと思ってな」

「冗談でも縁起でも無いことを言うんじゃあない! 貴様それでもこのDIOの恋人か!」

 俺は十分に本気だったのだが、棺の蓋は思ったよりも固いうえ(後からよくよく確認したら、中から鍵がかかってやがった)テレンスにも「まあまあ」と窘められたので。仕方なく、俺は吸血鬼を引きずり出すのを諦めて、車窓へと視線を投げた。

 しかし、当然ながら太陽の光を弱点とする悪魔が潜むこの車内の窓は完全に塞がれており。外の景色など全く窺い知ることができない。やれやれだぜ。旅行ってのは、移動中の景色も楽しむのが醍醐味のひとつだってのに。

「それにしたって、なんだっていきなり温泉なんだよ。この間はコタツに入りたいだの言って、いきなり人様の家に奇襲をかけてくるわ。DIO、テメェ、暇なのか?」

「このDIOを、定年退職後に時間を持て余した老人のような存在みたく形容するんじゃあない。今回の件に関しては、そうさな。旧い友の願いを叶えてやろうという義理人情だ」

 ……義理人情と来たもんだ。

 そんな言葉からは最もかけ離れていそうな奴の口からそんな言葉が飛び出すとは驚きを通り越して滑稽である。

 そういや、俺のおふくろもイギリス系だが、ガキの頃に温泉旅行をした際にはいやにはしゃいでいた記憶がある。海外の人間からすると、そんなにもこの国の温泉文化は興味深いものなんだろうか。

「このDIOはオンセンになぞさして興味は無い。……が、恋人や部下を労わるには、オンセンは絶好のスポットとも聞いたのでな。貴様らにサービスをしてやろうという、粋なはからいだ。感謝するんだな」

「……そうか。ならこの、『るるぶ。箱根湯本』っていう雑誌はテメェの私物じゃあないってことだな、DIO」

「も、もちろんだ。このDIOが、そんな庶民の雑誌など読むわけが――――」

「ほお。温泉まんじゅう特集に、絶景スポット十選か。テレンス、これなんて他の部下の連中の土産にいいんじゃあねえか。お前らこういう日本の伝統工芸好きだろ。ほら、このあたりのページにある、日本人形なんてどうだ」

「WRYYYYY! このDIOがまだ読み切っていない特集ページの話をするなぁああああああッ!」

 

   ◆◇◆

 

 賑やかな旅路を越えて、旅館にようやく辿りついた頃には、日はとっぷりと暮れ、満月が空に顔を出していた。

 テレンスとヴァニラアイスは、車を置き、荷物を運びこんでおくという言伝を残し、早々に俺たちの元から去って行った。……恋人同士、二人きりで。と、気を遣ってくれたんだろうが。こんな異文化飛んで異分子の塊の異端児を俺に押し付けないでもらいたい。

 せめて頭のヘアバンドくらい外してくれと思いながら、俺はもはやコスプレイヤーにしか見えない男を引き連れて、恥ずかしくもフロントで受付をさせられ、そのまま女将らしき人物に客室へと通された。

 他の客室の五倍はあろうかと言うほどのスペースの和室に、ふすまを挟んで設けられた寝室。ふかふかの羽毛布団の上にはきちんと浴衣も用意されており。俺は、そんな日本の良き旅館の客室のど真ん中にドカンと設置された棺桶の存在感が気になって仕方ない。

「ニッポンの和室は風通しが良すぎるからな。特にショウジ戸の防衛力の低さと言ったらない。あんなものただの紙ではないか。敵の攻撃はおろか、日の光もまったく遮断しないと来た。一応遮光カーテンも用意させたが、こんなところではおちおちベッドで朝を迎えられんのでな」

「文句付けるなら帰れよテメェ。せっかくの風情が台無しだ。お前にはわびさびってもんがわからねえのか」

「そうがなるな。それよりも承太郎。このユカタというのはどうやって着るのだ。ボタンがなくて前を閉められんぞ」

 浴衣の合わせ目をぐちゃぐちゃにしながら、DIOは早々に服を脱いだ状態で俺に「早くやり方を教えろ」だの偉そうに命令してきやがった。

 どうでもいいが、その合わせ目だと死人である。

「なんでもいい……とにかく風呂に入れば満足なんだろ。早いとこ済ませようぜ」

 うなだれながら、俺は真っ直ぐ旅館の廊下を突っ切って行く。そんな俺の首根っこを、DIOはぐいと捕まえて不躾に「どこへ向かう気だ。そっちではない」とかなんとか抜かして来やがった。

「どこって、大浴場はこっちだろうが」

「貴様。このDIOを、大衆浴場のイモ洗いの中に突っ込もうと言うのか。無礼者にも程がある」

「てめーは温泉を何だと思ってやがるんだ。旅館の大浴場はお前の貸し切りじゃあねえんだぞ」

「たわけ。専用の湯浴みをすでに借り上げている。我々が向かうのはそちらだ。わかったらこのDIOについて来い」

 ……専用の貸し切り風呂だと。

 こいつと、二人っきりで?

「嫌な予感しかしねえ。俺は大浴場に行く。テメェがゆっくり一人で浸かって来い」

「遠慮することはないぞ、承太郎。この旅行の経費は全てこのDIOが持っている。貴様は宿泊代のことは気にせず、ゆっくり楽しめばいいのだ」

「なぁ、DIO。日本の温泉の醍醐味ってのは、大浴場にこそあるんだぜ。テメェだって壁に描かれた大きな富士山が見たいんじゃあないのか? かけ流しの湯に入りたいんじゃあないのか?」

「………………」

 俺の言葉に、俺の首根っこを掴んで離さないDIOの指がぴくりと震えた。おお、ぐらついてる、ぐらついてる。

 まあ、お前それはもう温泉じゃあなくてただの銭湯じゃあないかというツッコミが飛んできそうなのだが。今回の旅に関して日本人は俺だけだ。そんな入れ知恵をコイツにしている敵がいる心配もない。

「……わかった。ならば先に、その大浴場とやらに向かってやることにしよう。だが、後で貸し切りの方にも行くぞ。せっかくロテン風呂なるものを用意してやったのだからな」

 ぷりぷり肩を怒らせながら、しかしどこかわくわくした様子で、DIOは俺を押しのけて大浴場への道を歩き出す。

 ……それにしても。自分もそれなりにデカイ方だが。こんな金髪の大男が突然大浴場に入ってきたら、それはそれで事件ではなかろうか。

 そんなことを考えながら大浴場に向かったのだが。しかし。

 DIOの首と胴体の繋ぎ目の傷が、刺青(タトゥー)と勘違いされたのか。はたまた風貌のせいかは定かではないが。他のお客様が怖がってしまわれますから。と。彼の傷口が原因で、大浴場の入場を丁重に断られたのは。致し方ない結果であった。

 そんでもって、我がままを通すこの男は、そのまま大人しく引き下がるはずもなく。大浴場の管理者やその周りの客全てに暗示をかけ、最終的には、結局、大浴場も貸し切り状態にして悠然と入ってしまった。

 なんというか、どっちにしろ、この旅館の風呂がこいつの独占状態になってしまったのだが。まあ、タトゥーが入った人は入場できませんと言われた時、あんまりにもショックを受けたような表情を浮かべていたので。

 普段は咎めだてするような暴挙も、今回ばかりは、俺も強く止めることができなかったのであった。……だって、まあしょうがないだろう。マジでこいつ、怒りを通り越して、心底悲しそうな顔をしていやがったのだから。俺だって、さすがに同情したくなっちまったのさ。

 

    ……

 

「やっぱりあそこで殴って止めておきゃあ良かった……」

 大浴場に入ってから、いくばくもしないうちに、俺の喉から飛び出した後悔はそんな一言であった。

 あれはなんだ。これはなんだと、色んな種類の温泉に入っては、やれ、温度に文句を言ったり、この効能の信ぴょう性はいかほどのものなのだ。なんてえばってみたり。

 有る程度は予想がついていたことなのだが、そのくらいまでならまだ良かった。

 そうして、大浴場に併設された露天風呂に移動したら、ようやく気に入ったのか。DIOはしばらく岩場に作られた天然の湯を楽しんでいたので、俺もゆっくり山の景色を楽しみながら、身体の疲れを取っていたのだが。

 ふと、気がつくと。DIOとの距離はびっくりするくらい近くになっていて。慌てて離れようとしたら、後ろから抱え込むように腕を回されて、逃げられないようにがっちりと拘束されてしまった。

「おい……くっつくんじゃあねえ。離せ」

「まあそう言うな。こうして夜空を眺め、湯浴みを楽しみながら抱き合うというのも風情があっていいだろう」

「血の通ってねえ吸血鬼のお前はともかく、俺がのぼせる。せめて部屋に戻ってから……っ、ん」

 皆まで言う前に、首筋にぞろりと舌を這わされた。

 ああ、予想していたが、やっぱりおっぱじめやがったこの野郎。

 もがくように暴れようとするが、水の抵抗を受けてうまくいかない。

 背後から抱きしめられているものの、浮力が働いているせいで、なんだか変な感じだ。

 あまり相手の体重を感じないせいもあるが、いつもよりも肌が敏感になってしまっている気がする。

「風呂場で行為に及ぶのも一興であろう? 本当なら、借り上げた個室の方でシてやろうと考えていたが、貴様を見ていたら我慢ができなくなった」

「てめぇが我慢できたためしなんかあるかよ。この年中発情期……ッ、ぁ、ん」

「そう喚くな。承太郎、お前だって、既に勃ちあがって来ているではないか。我慢は身体に良くないぞ?」

 するりと、陰茎に指を絡められて、大げさなほどに肩が跳ねる。くそ、ふざけやがって。そんなところ直接触られたらどんな男だって反応するってんだ。

「アッ、あ、や……ッ!」

 ぱしゃぱしゃと湯船が揺れる。

 尻の割れ目に、奴の男根をこすりつけられて、背筋がぞくぞくした。

 しかし、山奥とは言え、ここは外だ。それに、いくら暗示をかけたからって、他人がここに入って来ない可能性も無い。加えて隣は女湯だ。薄い壁で仕切っただけの空間で大声を上げようものなら、何をやっているのかすぐに気取られてしまう。

 だから、なんとか声を抑えようとしているのだが、相手はそんな俺の様子を見て、大人しくなるどころか、いっそう行為をエスカレートさせるばかりだ。ああ、ったく。だからいやだって言ったのに。こいつと風呂なんて入るのは。

「ンッン~、承太郎。いつもより反応がイイなぁ。外だからか、それとも普段来ない空間だから興奮しているのか? ほら、乳首なんぞもうこんなに勃ち上がっているぞ?」

「ッ、触るんじゃ、ね……ぇ」

 背後から腕を回され、くにくにと左右の胸を指先で弄ばれて、熱い吐息が漏れた。

 もう股間の息子は完全に勃起していて、逃げ道を完全に塞がれてしまったのだが、それでも抵抗するのは、なけなしのプライドってやつだ。こいつに屈服して快楽にばかり流されるのは、意地でも避けたい。もっとも、いつも結局はそれに逆らい切れず、負けてしまうのだけれど。

「今日は身体が熱いな……。オンセンのせいか? それとも、このDIOに触れられているからか?」

「……ッ、ぁ、」

「そうやって必死に耐えている姿もなかなか良いものだぞ、承太郎。この中も、もうこんなに寂しそうにヒクついているしなァ?」

「ん……ッ!」

 湯船の中で、ずぷりと指を挿入される。

 いつもよりもすんなりそれを受け入れた穴は、キュウキュウと異物を締め上げては、痙攣した。それは拒否の意思であって、決して悦んでいるわけではないのだが、その反応は吸血鬼を調子に乗らせるばかりだ。

「てめっ、マジでいい加減にしろ……!」

「そう遠慮するな、承太郎。なぁに、今日の私は気分がいい。貴様が可愛らしくしているなら、存分に愛情を注いでやる」

「ぐ、ぁ……ッ!」

 気持ち悪いこと言ってるんじゃあねーぜと殴り飛ばしてやる前に、DIOはろくに慣らしもしてないそこへ、早々と自分のペニスをねじこんできた。

 湯と一緒に、太い肉棒が身体の奥まで入ってきて。全身から汗が吹き出す。散々この男に好き勝手され続けてきた俺の秘部は、ろくすっぽほぐさなくたって、こんなにも、こいつを簡単に受け入れてしまう。

「フン……相変わらず、狭くて、窮屈で、そのくせ奥までこのDIOを咥えこんで放そうとしない、いやらしい身体だ。ああ、でも、最初はこんなんじゃあなかったなァ。よくもまあここまで開発されたものだ」

「ッ、ぁ、うる、せ……ッ、ぶっ、飛ばす」

 こんな時くらい素直になれ。なんて無責任なことを言いながら、DIOは舌なめずりをしながら、唇を重ねてきた。

 温泉のせいか、いつもりより体温の高いDIOとの触れあいに戸惑う。熱がない吸血鬼の身体が、火がついたかのように熱い。

「減らず口はいつまでたっても反抗的だが、身体は素直になったと褒めてやっているのだ。せいぜい、善がり狂え」

「ッ、ァ、あっ、ヒッ……!」

 俺の両腕を掴み、がっちりと拘束したまま、男の腰が尻を付き上げてきた。

 ゴツゴツした堅いペニスが、肉壁を擦り、ことさら快楽を感じる一点めがけて、ゴリゴリ攻め上げてくる。いつも、俺をイかせようとしているときの動きだ。

 こうなってしまうと、もう理性なんてどっかにぶっ飛んじまって。ここが屋外で、へたすりゃいつ誰が来てもおかしくないような公共の場所でってことすら埒外にいっちまいそうなくらい、獣みたいにその行為の虜になってしまいそうになる。

 首筋がざらついた舌に舐め上げられる。

 犬みたいにはっはと息を上げて、野郎のものに犯されて、みっともないくらい求めちまってる俺を、背後の男は耳元で笑っている。

 更には、伸ばした腕をこちらの両膝の裏に添え、大きく開脚する体勢にして、更に深い場所へと、その交わりを一層進めた。

 後ろに身体を預け、DIOの腰の上に完全に座らされる体勢になってしまったために、自分の性器が湯船から顔を出す。無色透明な湯の中で、何をされているのかいやってほど見えてたって言うのに、更に外気に己のものが晒されると、羞恥で顔が茹でダコみたいに真っ赤になった。

「ふふ、ビンビンに感じてるじゃあないか。ナァ、承太郎。このDIOのチンコを嬉しそうにしゃぶって。女みたいに感じてるもんなぁ?」

「ぃ、あ、やっ、やっ、ァ、はっ、ぁ、あッ! も、やめ、ぁ、あっ……!」

 完全に犯されている格好で。ヒクヒクと自分の性器が嬉しそうに痙攣しているのが見えてしまって。それが喜んでだらだらと先走りをこぼしているのもわかってしまって。もう死んでしまいたいくらいの恥ずかしさが襲ってくる。

 女みたいに身体を開かれて、女みたいに抱かれて。いったいいつから、こんなに男を求める身体になっちまったのか。それが背後の男のせいだってんだから、認めたくなくて。すぐにでも舌を噛んで死んでしまいたい。

「認めてしまえ。貴様は男に抱かれるのが好きなのだ。いいや、言い方を変えよう。このDIOに、嬲られ、犯されるのが好きな変態だ」

「ち、が……ッ!」

「違わないだろう? なら、どうして、男のくせに尻を掘られてこんなにもここを窮屈にさせているのだ?」

「いや、だ、いやだぁ……ッ! ぁ、あっ、あっ、も、や、離せよ……ッ!」

 もう抜いてくれ。もうやめてくれ。

 泣きながら懇願しても、DIOは楽しそうに笑うばかりだ。

 追い打ちをかけるように、俺の性器を掴みあげて、ぐりぐりと鈴口を刺激して。そのくせ、もう少しで達しそうというところで、その出口を塞ぐように、根元を抑えてその絶頂を阻んできた。

 どうして。と、視線を投げれば。心底愉快そうに、こいつはいつだって、こう続けるのだ。

「イきたければ強請ってみろ。男に媚びる娼婦のように。このDIOに犯されて、このDIOの腕の中で絶頂に包まれたいと。このDIOに抱かれるのが嬉しいのだと。そうすれば、天国を見せてやるぞ」

「は……ッ、ぁ、変態野郎が……死ね……ッ」

「そうか。ならば仕方ないな」

 やれやれと、口調だけは残念そうにしながら。

 DIOは俺の身体を持ち上げ、体勢を変えた。

 地面より低く掘られた湯船から、床の上へと放り出される。湯に浸かっている部分は膝下くらいで、俺はほとんど四つん這いに近い体勢で、堅い地面に手をついて、尻を背後の男に突きだす形にさせられた。

 未だに繋がったままの下半身は、きゅうきゅう苦しそうに中のモノを締め上げている。

 そのまま、勢い任せに腰をぶつけられ、ぱちゅんぱちゅんという結合音が響いた。

 湯船の中ではしなかった音が、空気に触れたことで、この上ないほどに聴覚を犯してくる。

「どうやらまだまだ貴様には教育が足りないようだな。しかし、そのくらいでなければ、このDIOも愉しめないというものだ。ほうら、どこまで耐えられるか試してみろ」

「ァッ、ぎっ、ぃ――――ッ、あっ、やめっ、ヒ、ぁっ、あっ、ん!」

「ああ、ああ、承太郎。貴様の尻穴に私のものが出入りするたびに、さっきの湯が零れているぞ。はしたない穴だ。いっそこのDIOの残滓も吐き出さないよう、常に栓でもしておくか?」

「やだ、いやだ……ッ! も、やめ、アッ、ぅ、あ、ぐっ、も、ぁ、うぅ、アァ――――ッ!」

 ぎゅううっと身体の奥が、挿入されたペニスを締め上げる感覚に襲われる。

 それと同時に、突き入れられた男根も届かないほどの深い場所へ、勢いよく、DIOの精液がぶちまけられたのを感じた。

 悲鳴を押し殺して、背筋をのけぞらせる。

 びゅくびゅくと自分の性器も、欲望を地面にぶちまけてた。ああ、絶頂の直後ほど、死にたくなる瞬間はない。

「は……ッ、ぅ、あ……、あ、」

 ずるりと、奴のものが引きぬかれて。どろどろした精液が脚の付け根から零れて行くのがわかる。

 くそっ。好き勝手しやがって。冗談じゃあねえ。

「いい格好だなあ、承太郎。せっかくだ、このDIOが洗ってやってもいいのだぞ?」

「結構だ……年中発情期の野郎に任せてたら、いつまで経っても終わらねえだろうからな」

「そう言うな。日本というのは、互いの身体を洗い合う儀式があるのだろう?」

「…………そりゃあ、年長者をいたわって背中を流すってやつだ。その場合、流されるのはテメェだが、」

 正直、背中ではなく、水洗トイレに今すぐにでもこいつを流してやりたいというのが本音だ。なんていう暴言はさすがに飲み込んでおいた。

 余計なことを言って、またおっぱじめられたらたまったもんじゃあねえからな。

「まあいい。とにかく、さっさと身体を洗え。このDIOはまだこの大浴場の湯を堪能しきってないのだから」

「まだ浸かる気か。のぼせるぜ」

 俺は身体を洗ったらもう出るぞ。と告げると、DIOは俺の腕をむんずと掴んで、つかつかと洗い場まで歩いて行く。

 そうして、いつの間に準備したのか。専用のシャンプーやボディソープが立ち並ぶ、玉座のようなバスチェアーが鎮座した場所に置かれた木の桶に。ちょこんと行儀よく入れられた黄色いアイテムを真面目顔で掴んで、男は言った。

「このDIOは、湯船にこのアイテムを浮かべて来いと頼まれ物をしている。貴様も付き合わせてやらないと、今夜、また夢の中でガミガミ言われるのだ。理解したか? そういうわけで承太郎。このアヒル隊長とやらのオンセンにおける戦闘技術をこのDIOに教えろ」

「………………オラァッ!」

「WRYYYYッ!?」

 真顔で至極どうでもいいことを言われて、怒りのゲージが頂点に達した俺は。腰が痛むのも構わず、吸血鬼の顔面に、備えつけの固形石鹸を叩きつけるのであった。

 

   ◆◇◆

 

 借り上げた露天風呂にも浸かり、二人が部屋に戻って来ると、ふかふかの布団が和室に綺麗に並べられていた。

 入ってきたときは、部屋の隅に畳まれていたというのに。こちらがいないタイミングを見計らって敷いていったのであろう。なかなか抜け目のない旅館だ。

 そんなことにDIOが関心していると「おい、DIO。テメェはとっとと棺桶に入りやがれ」などと言いながら、棺を和室の隣にある廊下に追いやっている承太郎の姿が彼の目に入った。

 当然、DIOは咎め立てて、すぐに寝室にその棺桶を引き戻す。すると、割と真剣にがかりした表情を浮かべられたので、こいつ、マジでこのDIOを廊下に追いやる気でいたな。と、吸血鬼は少々むかっ腹が立ったが。まあ、今日はたまの旅行だ。寛大な心で許してやることにしよう。なんて、珍しく怒りを収めていた。

「ったく……個室の風呂でも馬鹿みたいにサカりやがって、腰が痛ぇっていったらねーぜ……テメェ、マジで年中発情期かなにかかよ」

「フン。そういう貴様もノリノリだったではないか。なんだ、寝る前にもう一度抱かれたいのか?」

「……冗談だろ。文字通りもうすっからかんだ。よしてくれ。お前相手に腹上死なんてさせられようもんなら、末代までの恥だ」

 なかなかに失礼なことを言いながら、ひどく眠そうな顔をして、空条承太郎は布団へふらふらと入って行った。……ところで、寝る時もやっぱりあの帽子は外さないのだろうか。なんて、吸血鬼は一抹の疑問を覚えたのだが。この恋人がよくわからないのはいまにはじまったことではないと、彼も結論付けて、棺に潜り込むこもうとした。

「…………、」

 棺桶の扉を閉める間際に、DIOは布団に入って横になった承太郎の背中を見遣った。

 人間と吸血鬼では、当然ながら、生活リズムも、生態系も異なる。彼の場合、やはりこのような空間で承太郎のように布団に入って眠るというのは、朝になったら灰になりかねない危険な行為ゆえ、揃って眠ることはできない。

 それでも――。このニッポンにおいて。川の字で寝るということが体験できないのは、いささか残念だ。などと、普段は懐かないような感傷を、ほんの少しだけ呟いてから。名残惜しそうに、その扉を閉めたのであった。

 望むらくは、この棺が。一人用ではなく、二人で眠れるほどのスペースがあるものであったら。

 自分はひょっとして、この、時代を跨いだ宿敵であり、現状の恋人ということになっている男の身体を抱きしめながら。もしかすると、一緒に夜明けを待っていたのだろうか。なんて、とりとめもない思考を巡らせつつ――――

 

  ……

 

 そうして、彼は、またいつもの夢を見る。

 まどろみの空間の中。やはり、旧い友人は、いつものようにニコニコと人の良さそうな笑顔を浮かべながら、吸血鬼のことを出迎えた。

 ただ、今日の彼の格好は、いつもと少し違っていて。

 自分と同じように浴衣をまとい、フルーツ牛乳を飲めもしないのにニコニコと見つめていることだった。

「やあ、ディオ。温泉は楽しめたかい?」

「…………貴様がそんなツラをしているのだから、この肉体は楽しめたということなのだろう、ジョジョ」

 DIOが吐き捨てるように言うと、ジョナサン・ジョースターはいっそう、ニコニコと笑いながら。その報告に嬉しそうに頷く。

 その顔を見る度に、いったいこいつは何がそんなに幸せなのか。死してなお、いったい、何をそんなに現実に夢見ることがあるのかと。期待するものがあるのかと。吸血鬼は思考を巡らせたが。やはりこの男は生前、ついぞ道を交えることがなかったので、自分にはおおよそ理解の及ばぬ感情なのだろうと、考えることを諦めた。

「ねえ、ディオ。またこうやって、三人で。いいや、みんなと一緒に、温泉旅行ができたらいいね」

「……くだらんな」

 空条承太郎との恋人ごっこも。この旅行も。吸血鬼にとっては茶番に過ぎない。

 あくまでも、最終的には、彼の目的を達成するためのプロセスのひとつであり。それ以上でも、それ以下でもない。

 そんなことを漏らすかつての旧友に、魂となり、寄り添う亡霊は、こんな言葉を投げかける。

「でも、ディオ。今日の君はずいぶん、楽しそうに見えた」

「フン。貴様の目が曇っているだけだろう、ジョジョ」

 死んでから生前以上に耄碌したんじゃあないか。なんて嘲る吸血鬼の言葉を、やはり、ジョジョは笑顔で受け止めた。

 その顔を見て、面白くなさそうに、DIOはフン。と鼻を鳴らす。

 目的のための手段と言えど、まったく楽しくないと言ば確かに嘘であったが。しかし、この肉体の元々の持ち主は、ジョナサン・ジョースターだ。自分の思考回路に彼の影響が大なり小なり出ているのを知っている吸血鬼は、その感情すら、肉体を奪った弊害としか考えていない。

 そんな頑固なかつての義兄弟の態度に、ジョジョはやや呆れて。それもやはりディオらしいなんて納得もしながら。棺の外に見えるのであろう夜空を仰ぎ見た。

「ディオ。承太郎って、なんだかんだ、いい子だよね」

「…………知るか」

 不貞腐れた声に、やっぱり苦笑を返しながら。

 ジョナサン・ジョースターは、二人を見守るように、静かに、まどろみの中へとその姿を消して行った。

 

 

 

 

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Masked World Star DIO承テイスティング企画

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