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夜這う月(立花きりすけ)

 

 

 

 純白の布の繭玉を割いて開くと、長い脚を引き寄せて靭やかに背を丸めた青年がそこに眠っていた。

 布の解けるままに開かれた肢体は白く。伸びやかな上背に対して危うげに引き締まった手足に腰、まろく隆起した造形が首筋から胸、下腹までを流れて裸の青年に色香を纏わせる。拐かしてどうにかしてしまいたくなるような欲を孕んだ容姿でありながら、曝け出された胸の先や性器は聖美に恵まれ、聖堂に飾られた大理石の像らがそうであるように見る者に猥雑な想起をさせることのない清廉な美しさを伴ってそこにただ横たわっていた。

 ややあって黒い御簾のような睫が震え、下から深い碧眼が覗く。

眠りから醒め自らに不躾な視線を送る者の存在に気がついた彼は、羞恥のためというよりは作法として遮るために辺りの布を引き寄せて身体を覆うが、ふと顔を上げて目の前で此方を見下ろす者が同じく裸の男であることに僅かに目を見開いた。

 その男は自らよりも更に白く光を含むような肌を持ち、瞳から陰毛までその白を彩るものは全て眩い金であった。

見惚れて動けずにいる青年にこれもまた金で染められた爪先が伸び、寝乱れた髪をそっと額から退けてやるまで金の瞳から視線を外すことは出来なかった。頬に触れられてはっとした青年は、自らに引き寄せていた布を広げ、彼を内へ招き入れる仕草をしてみせた。

 碧眼の青年は、目覚めて自らが何者であるかを識るまえに ただ目の前の男が他の者の視線に晒されることを厭う"嫉妬"を、次いで男を布で自分ごとしっかり包んでしまってから"安堵"を、その自我に芽生えさせたのだった。

 そうして抗うことも無く青年とひとつの布に包まれて、金の瞳を持つ男もまたただ薄く微笑んでいた。

 

***

 

 夢を見た。甘美で微かな疑念の欠片もない美しい安寧の夢であった。

 

窓から抜ける気持ちのよい朝景色の中、旅宿で身を起こした承太郎は無言で頭を抱えている。 二つ、如何ともし難い要因を得て少年の目醒めは一重に爽快とは言えないものになった。

 一つは夢の相手の正体を現の記憶ではしっかり把握していたこと――二つには、久方ぶりに下着の中へ粗相してしまったことだ。それぞれきまりは悪くとも不可抗力の生理現象ではあったが、この二つが組み合わさるとなおのこと事情が悪いのであった。

「(隠れて下着を洗うなんざいつ振りのことだ)」

 この行為には毎度のことだが客観視するだに耐え難いマヌケさと物悲しい虚しさを伴う。そう、ただでさえ朝からブルーな感情を背負う羽目になるというのに、夢見の内容が内容であるためにそれは健やかな青少年の精神に強かに追い打ちを掛けた。

――DIOめ!

 やるせなさにやけっぱちになって洗面器へ濯いだ下着を投げつけると、それはベち、と間の抜けた音をさせて陶器の面に情けなく張り付いた。ああ情けない。こんなことがあって堪るものか。ともかく他の仲間が起きだす前に、洗った下着を前夜干された他の洗濯物にさり気なく混ぜてしまわなければならなかった。虚しい。

 

 それもこれもDIOが悪い。

承太郎は顔にこそ出さなかったが日中大変不機嫌を極めた。

 移動手段の手配も兼ねて一晩と半日ほど滞在する予定であった簡素な宿はエジプトに入ってからこれまで以上に刺客の襲来が頻出することを懸念して出立が朝の内へと早まった。当然物干しから回収した衣類のうち明け方に干した件の下着だけが妙な湿り気を保っており、取り込んだアヴドゥルこそ何も言わなかったが移動中に運転席の祖父が必要以上にニヤつくのでそれだけで承太郎の思春期なメンタルは逆撫でされ怒れる猫の如く羞恥と苛立ちで襟足の髪が逆立つようだった。

 無論だがこの洞察力に長けたじいさんにことの子細はバレていて、あまり頻繁には成長を見守ってやれなかった可愛い愛孫の少年らしい側面を垣間見て機嫌の良さそうな親ばかならぬ祖父ばか状態にあるのを他の旅の仲間の手前意味もなく怒鳴りつけるわけにもいかず、ただ帽子の鍔で表情を隠して人知れずヘソを曲げていることしかできなかった。

(頭の中までは覗かれていまい、そうであったら今頃祖父はにやにやどころではなく居ない相手に下種な真似をと怒髪天をついて激昂しているところだろう。むこうさんもとばっちりだろうに。)

 かくして強行軍でその日のうちに辿り着いた次の街、またその宿で身を休める前にふと、承太郎は一寸奇妙な考えに囚われて掛布に包まるのを躊躇った。

 そう……また、あの類の夢を見やしないだろうか、と。

そんなことはあるまい。望んだとてそうそう同じ夢や夢の続きを見ることなどないのだ、あんな……あんな、困惑するだけの夢をそう何度も見て堪るかと思った。ざわざわと次第に湧く苛立ちと羞恥に、そも、あんな夢を見てなんとまあ1ミリも嫌悪の感情は催さなかった自身も自身なのだと業腹だった。

 ――本当に? 本当に困惑するだけか?

「(……それもこれもDIOの野郎のせいだ)」

 承太郎は朝方洗面器に下着を投げつけたようにやけっぱち気味で掛け布に頭まで包まった。

陽もとうに落ちて昏く。こんな夜更けに閉じた窓の外を月へ向かって鳥が1羽飛んでいく、そんなことも気にも留めなかった。

 

 

 暖かな泥濘からぷかりと浮かぶように目が醒めた……薄らと開いた視界は昏く、未だ陽が昇ってはいないのだと窺い知れる。そして承太郎は何かひやりとしたものが頬に触れていたせいで覚醒を促されたのだということに気がついた。

 眼を見開いた目前は闇。月明かりは……否、仮に月が出ていなくとも、星の見える夜闇はこれほど暗くはない。訝しげに眉を寄せる承太郎の視界で、思い出したようにぱちりと二つの黄金が浮かんだ。

――こちらを覗きこんでいる。

 暗闇に光る黄金は見覚えのある瞳、ならば覆い被さる影は――

「でぃ…っ、!!」

 招かざる客の正体を呼んで暴かんとした承太郎が口を開いたのと大きな掌でそれを塞がれたのはほぼ同時であった。

「……騒ぐな、同室者を起こしたいのか?」

 静かな声音に視線が泳ぐ。少し離れた向かいのベッドでは同室のポルナレフが寝息を立てている筈だった。頬ごと掴むような掌は力強く外せそうもないが、忠告を無視して助けを呼ぶか? それとも喉を掻き切られる方が早いか……まさしく想定はしていなかったが妖しい声音で思い当たるに正しい人物が侵入者であると知るや、ただ冷や汗をかきながら大人しくしていると口を塞いでいた掌が退いて代わりに人指を一本唇に押し付けられた。静かに、とでも言うように。

「貴様と話がしたい」

「話、……」

 目前に並んだ黄金がコクりと傾いで機嫌を伺う猫のようだ。

早鐘を打つ胸は何も迫る生命危機そのものに依るものだけではなく、承太郎は縋るようにそのせいだけであって欲しいと願っていたが、事実本人を目の前にして今朝方の夢が脳裏を掠め鼓動を加速させているのだった。何も今夜でなくとも、あんな夢見の翌日でなくとも……と努めて平静を装う承太郎は内心ひどく狼狽えていた。

 なぜ今なんだ、と問えばのし掛かる影は今だからこそ、と答えた。

「わたしが直接出向くまでもない、と止めたエンヤも、彼女の差し向けたタロットの刺客をも貴様らは退けた。」

「そして折よくわたしは貴様らの旅の求むるところを知った。」

 母親を、救うのだろう?

月光を雲が遮る暗い寝室ではその影の向こうの表情は伺えない。

「手は打った……と、いうよりは。打ちに来たというのが正しい」

 暗闇から金の眼だけが僅かな光を湛えて承太郎を見下ろしている......その眼は闇の中でもこちらを見通すのだろうか。

「保険を掛けてはあるが、それよりも手っ取り早い方法がある。」

「てめえを殺すよりか。」

「そうだ、これ以上やりあうというなら双方に相応の被害がでるであろうであろうことは想像にかたくない。故に、今夜……わたしはお前のもとに来た。」

 囁くように交わされたいくつかの言葉に、祖父方の血を裏切ることになろうとも、この男との取引が母を慥かに救うのではないかという奇妙な予感が……していた。

 

 黄金を時折ぱちぱちと瞬かせながら、依然間近と言って差し支えない距離で吸血鬼が囁く。わたしの元に来ないか、と。

「それは、じじいや仲間を裏切っててめーの部下になれということか、」

「そのようなつまらんことじゃあない」

 先ずはよくよくわたしの話すことを聞いておけよ、少年。

仇敵を前に警戒し動けずにいるその胸を軽く手のひらで押さえつけながら一方的に滔々と語り始める吸血鬼へ、寝込みを襲われた少年は大人しく耳を傾ける他なかった。

 吸血鬼に接がれた他者のパーツはいつまでも他者のままではいられない、と考える。元が何であれ、血を啜りエネルギーの循環活動を行ううちにそれは吸血鬼自身の血肉と同化し元の……わたしの身体の延長として変化していくはずのものだ。謡うように静かな調で続けるDIOは、ふと囁くのを止め承太郎の投げ出された片手を取った。

「わかるか、ここが」

 冷たい肌……導かれたのは首筋だろうか。間近で瞬く金が僅かに伏せられ、驚きのまま示唆されたそこを恐る恐るなぞると乾かぬ傷のような線状に皮膚の盛り上がったものが横にぐるりと走っているのがわかった。

「馴染んでいないのだ、未だ……な」

「……あぁ、そのようだ」

「ここを、手早く馴染ませ……私のものにすれば星の繋がりによる影響は消え失せよう」

 そのためには、貴様の協力が必要だ。

囁く影はダメ押しのように言葉を繰り返した。母親を救うのだろう、と。 

 承太郎はただ唐突なことであまり付いてこれていない頭を回転させながら黙って金色を見つめ返していた。

 沈黙を保つ間にも雲は流れ 月光が寝室を照らす。

承太郎は自身に跨がる男の顔を初めてはっきりと見た。DIOもまた、写真でしか見たことのない少年をそのとき初めてしっかりと瞳に映した。

「驚いたな、ちっともジョジョには似ていない」

 なんだ、思ったより夜目が利かないんじゃないか。金色をぱちくりさせている吸血鬼の表情に承太郎はうっすら笑いを禁じ得なかった。

月を背負ってこちらを見下ろす吸血鬼は夢で見た通り、いや想像していた以上に大層美しかったのだが、先祖には似ていないらしい承太郎を物珍しそうに見つめてくる様子はどこか見慣れない玩具を与えられた野生の猫じみていっそ親しみすら湧いてくる……もしかすると先ほどまでの緊張を吹き飛ばしたこれが"かわいい"というやつなのかもしれなかった。

 もっとよく見せてみろと顎を掴み取られたが、最早敵意のないことは明らかなそれが頬を生え際を擽るのを黙って好きなようにさせた。相手が殺意を見せないのであれば承太郎も拳を向ける理由が無いのであった。もとより母を救う手立てが有るのなら、とこの地を目指してきた旅路である。代替によりリスクの少ない道筋を示されれば、(例えそれを提示してきたのが斃すべき敵の男だったとしても)承太郎は例え自身の負荷が増す事になったとて其れを選び取る事に何の抵抗もなかった。

 顔のあちこちを撫で滑る爪先にもされるがままに、ただ瞳は真っ直ぐ逸らさず金の視線を追っていた。

「血を……くれてやれば、いいのか」

 絞り出した声は自分でも驚くほど掠れて情けなかった。吸血鬼は指を頬から離して承太郎の返答を待ち、じっと瞳を覗き返してくる。

「そうだ。わたしの元へ来い」

「……てめえのトコに、行くかどうかは……少し考えさせてくれ」

「あまり時間の残されていないことは分かっておろうな」

「ああ、」

「貴様の血を一人分、此処で直ぐ様全て奪ってしまえば瞬く間に肉体を馴染ませることはできるだろう。」

 お前の悲願も容易く叶う、わたしはジョースターの末裔を始末できる。だがそれをしないのは。

「わかるな、承太郎。興味がある……こともあろうにお前の命を惜しんでいるんだ、このDIOが」

 両耳を覆うように手のひらで承太郎の頭部を包んだDIOはそっと顔を近づけ、コツリと額に額を付けてまるで告解するかのようにそう告げるのだった。

「では貴様の心が決まるまで……夜毎、折を見て少量、血を貰い受ける。効率は落ちるが、わたしは寛大だからな……承太郎。他でもないお前のために、そうしてやる。……良いな?」

 頷く他何ができたろう。了承を確認するや、初め承太郎を黙らせるためそうしたように片手でぐいと頬を掴んで横様に反らせ、ほぼ頸の後ろと言って差し支えない位置に深々と吸血鬼の牙がたてられたのだった。

 

 

 目を覚まし痛む首筋に手をやりながら昨夜の出来事が夢ではないことを確かに思う。

美しい男だった……相対している間は血筋がそうさせるのであろう本能的な危機感により半ばそれどころではなかったが、思い返すにただ金の美しくあった色香が背中に妙な湿り気を帯びさせ、更に先日の夢での光景が交互にやってくるので改めて事態を認識すると同時に顔に熱の上ってくるのを止める手立てはなかった。承太郎は片手で顔を覆うと手のひらからも滑稽な熱さを感じ取った。余計にどうしようもない。下着の中は無事だったがまた人目のないうちに洗面台に張り付く事になりそうだ。幸いここはきちんと冷水の出る水道が備わっていたことに感謝したい。

 砂漠では貴重な冷えた水で拭っても、中々赤らんだ頬は元に戻らなかった。やはりDIOがいけないのだ、DIOが悪い。

 

 

***

 

 

 DIOと対話した夜から突如として刺客の途絶えた行路に首を捻る年長組であったが、少しばかりまともな宿が取れることが多くなった若者たちは純粋な喜びに手を取り合っていた。だが同時に刺客の途絶えは手がかりの途絶えを指し、敵のアジトの行方は杳としてしれないがともかくはカイロを目指してナイル沿いは砂漠の街々をひた進むばかりの日々。

「承太郎、何やら理由は知らないが、君が時折随分無防備に思える気がするんだが。」

 自分でも何故そう思うのかは不思議だが、タンクトップ姿が妙に艶かしい。と花京院にそうボヤかれたのを放っとけと一蹴して一人寝入った幾日か振りの個室での夜のことであった。

 

 夜半、暑さに耐えかねて閉じずにおいた窓のカーテンのはためく音がふと変わったような気がして目を覚ますと、窓枠に月光を融かしたような金の影がやってくる。一息の間に窓辺の影は寝台に寝そべる承太郎に圧し掛かるように姿を変え、冷えた指先が頬に触れていた。滑る爪先にそのものの温度以上に生命危機からくる冷たさが首筋を這うが、承太郎はなぜだか同等の安らぎを持ってそれを受け容れる。愛しく死の薫りのする爪先。

「良い子にしていたか、承太郎」

 声も出ない承太郎に構いもせず爪先はつうと急所を伝って先刻花京院が無防備でけしからんと嘆いた胸元へと辿り着いた。

星明かりを背負って尚闇の中で煌く瞳が機嫌良さげに細くなる。そうして逆の手で形ばかり承太郎を押さえつけると、寝乱れた着衣の隙間から覗く胸の先を指の腹でそっとつついた。すると緊張にも耐えかねて小さく漏れ出た声に金の眼差しが増々喜色を湛えるのだった。

 互いに命を掛け滅さんとする間柄でありながら、承太郎は浅くまどろんだ振りをしてその来訪者の敵意の感じられない指先を受け入れる。明らかにもならない関係を検めたくはなく、この招かれざる客の来訪をどこか待ち望みにしていた気がするほどだというのに。時が無情にも針を進めれば、いずれは精算しなければならない昼の苦悩を思って、夜毎現れては肌を撫で僅かな血液を口にしていくだけの彼の人を切なげに見上げるのだ。そうすると、同じ切なさを帯びた瞳で困ったような曖昧な表情を浮かべる男がそこにいるのが常だった。最早揶揄いの域を逸脱して、そこに情の通っていることは誰の目にも明白であった。

「ああ、そう憂いた眼をするな」

 同じ憂いを抱いているくせに。優しく耳殻に口付けなどして身体を返されるままに俯向けになる。胸の前へ手に手を。胸が背を圧し深く息を吐かせて上着を剥いだ薄手の布越しに相手の胸の重量を感じる。

 ああ、鼓動している。

 

 頸の後ろ、最早慣れた場所に吸血鬼は時折唇を押し付けてくるようになった。

俯せた承太郎に乗り上げたまま、舐めずるでも食むでもなく薄い唇を二度、三度と儀式のように項へ押し当ててから漸く鋭い牙が宛てがわれる。そして皮膚を突き破る感覚へ小さく息を詰める承太郎を宥めるように重ねた手を甲ごと握り込んであやすのが常で、承太郎がそれをそっと握り返すようになるまでにはそう時間を必要としなかった。

 身体から血液の抜けていく感覚と伴う眠気。目醒めれば居ない男も承太郎が寝入るまではいつも側にいて腕に抱いていてくれる。しかし今日はかの男に伝えたいことが一つあった。承太郎は倦怠に抗って牙を引き抜いた男へ向かって身を起こし、眠気で重くなる舌を何とか動かして声を掛けた。

「……今日、」

「ン?」

「スージーQばあちゃん……おれの祖母、が日本のおふくろのところに来た。と、連絡があったぜ」

「ほう、母親の容態はどうだ」

「快方に向かっている……だそうだ。」

「そいつは良かった。この身体も順調にわたし本来のものとなりつつある。」

 手を当てる首筋にはまだ継ぎ目の様な傷跡が残っている。承太郎がまた触れても良いかと聞くと最初の夜そうしたように冷たい手が其処へと導いて、触れた滑らかな皮膚には以前よりもずっと存在感の薄くなった凹凸を僅かに感じた。

「正直なところ賭けではあった。身体が血で馴染んだとてわたしと星との繋がりが絶えるのか……貴様が血の提供に応じるのか、と」

 首筋へ触れる手に手を重ね頬を擦り寄せるようにしてうっそりと笑んでみせる美しい吸血鬼。

「確証は無かった……だが、不思議なことに確信はあった」

「DIO……、」

「一目見てお前を欲しいと思ったぞ」

 取った手の甲に恭しく冷たい唇を押し当て優しげな金の視線が投げかけられる。そして今一度半分独り言のように わたしのものになれ、と。

「……そのことなんだがDIO、その……てめーのその身体、完全に馴染んだらその時は……てめえのトコに行ってもいい、と考えるぜ」

 旅の目的を失い斃すべき男の行方も分からなくなれば祖父らも一度は帰国せざるを得まい。その時になら……お前の元に行ってやってもいい、否、寧ろ自分が行きたいのだと承太郎は驚いたような表情の相手に言い募った。

「それは、」

「てめーが今後悪さをしねーように、見張っとく為だぜ。……なんて、正直なところおれにはあんたが大昔におれのじじいのじいさんを殺したってことの他にゃ、おれの与り知らねえ誰かを徒に誑かして回ってる以外に罪らしい罪が思い至らねえ。そいつも、てめーがてめーの命で……贖わなきゃいけねえようには、ましてや、おれが裁くのが正当なようには……思えねえ」

「愚かもの、母を死の淵に追いやり、貴様らそのものの命を狙って刺客を放ったのは誰だと思っているのだ」

 頬に充てていた承太郎の手を両手で包み直し、膝上に置いて真面目な顔で考えなおせと含み諭すのがおよそ悪人のすることとは思えぬ仕草で微笑ましく思ったが、続く言葉には眉根を寄せる他なかった。

「この身体が馴染んでからお前を迎え入れることには賛同しかねる」

「なっ、」

「そもそも、初めの夜貴様を誘ったように館に迎え入れたとしても直ぐに親元に帰してやる手筈だったのだ。考えても見ろ……思惑通り貴様の血によって肉体と星の繋がりを断てたとしても、共にあれば必ずジョセフはお前を"救いに"追ってくるであろうし、何よりあ奴の念写には貴様が写るのだぞ」

「だが、おれはっ」

「聞き分けろよ承太郎、わたしとて何もお前を欲していないわけじゃあない。利用するだけ利用して今生の別れにしようなどとはちょっぴりとも思っていなのだから」

 イイコだから、わたしの言うことをよくお聞き。

そう言って片手で頬を撫でた男はその日別れた後も、夜毎攫って行けとぐずる承太郎を宥めすかすようにしては彼の泊する宿に訪れ秘密の逢瀬を重ねていった。

 承太郎にひとつ約束を言い含めて、DIOの肉体が星の因縛から開放され彼等がカイロの地を去るまで。

 

 

***

 

 

 乗り上げた承太郎は深く息をついて、その濡れて光る首筋から時折堪えかねたように滴が胸を転げてゆく。

豊かな睫を伏せ、調のある運動に合わせて腱や筋の張り、しっとりと汗を含んだ肉体のふくらんで隆起するさまをじっと見ていたDIOはただ、その姿が心身共に何か心地好いスポーツのような類のものへと没頭しているかのようであり、まるでセックスなどしていない様に見えるなと考えた。

既に下肢では肉に肉を迎え合わせて矜持と性の芯に掠めるかのような熱情の交わりが行われているというのに、その様態はといえばあまりにも健全で浄いので少しばかりおもしろくなく。

ふいに腰を掴んで押さえていた手をその精悍な頬へ、両の掌で包むように面を上げさせると御簾のような睫の下から瞳が覗く。DIOは満足した。平静とした眉、深く穏やかな呼吸、性の匂いのしない表情とは裏腹に輝く海色だけが熱を湛えて正体を無くし蕩けて落ちそうになっている。ともすればDIOはその深海に欲を交えた桃色の光が沸き立ち眼の淵に溜まり留まるのを幻視することすらできた。

「ン。どした」

「いや、少し考え事をな……。 愛らしいな、お前は。」

 額に落ちかかった髪を指先で優しく払ってやる。褒めても何も出やしねえぜと眼を細めて小さく笑う承太郎が随分と男くさく思えて、そういえば先月成人を迎えて社会的にも一端の大人の男となったのだったとDIOは感慨深く思い返した。

「思えばまったくお前というやつは堪え性のない少年だった」

「ンン……何を言い出すかと思えばまたその話か」

 承太郎は熱に穿たれたまま、腰を上下するのを一時止めてDIOの首元へ腕を絡ませ聞き飽きた思い出話はもういいぜとばかりに自ら薄い唇へ食いつく。熱を孕んでもやや冷たい体温は初めに触れたときのままだが、腕を回すDIOの肩、喉元には星も継ぎ目も最早残ってはいなかった。

「ぁ、ふ……っ、」      

「口付けは上手くなったな?」

「は、ぁ……誰がそうさせたんだか。 も、いいだろ……続き……、」

 はやく。

強請るように鼻先をすり寄せる承太郎の仕草にカッと喉元の煮えるような感覚があり、にわかに下肢の血流もよろしくなったDIOは衝動のまま腹に突いていた承太郎の両腕を胴の前へ一纏めに掴んで腰を下から突き上げ、跨った承太郎を揺すぶって鳴き声を上げさせた。

「あッ、あ、! ひ、硬い、でぃ、お……凄、」

「ハハ、見ろ、胸が寄って谷ができているぞ、」

「う、ぅ、この、スケベやろう……今度、挟んで扱いてやる、ぜ……!」

「そいつは楽しみなことだな、」

 今度と言わずこの次第二ラウンドの前に堪能してやってもいいのだぞとDIOは薄い唇を一舐めしてスパートを掛ける。愛らしくオネダリをされて尚焦らしプレイに興ずるだけの余裕と自制心はあいにく持ち合わせてはいなかった。

 性急な責めの手に天を仰いだ承太郎が腹に精をぶちまけて法悦を極むるまではもうまもなく。

 

「うう、クソ……無駄にハリキリやがって」

 おめーのせいだぞ。事後に後始末を終えた承太郎を腕に抱いていると枕に顔を伏せた恋人からそんなようなボヤきが聞こえた。

そういえば関係を構築するにあたって契機となった頃も、耳まで顔を赤く染めた承太郎が事あるごとに全部DIOのせいだDIOが悪いとヤケ気味に零していたことを思い出す。いやはや、己が執着とて笑えぬものだが承太郎の懐くのは想定外の程であったと吸血鬼は微笑んだ。未だ照れ隠しに口の悪いのは抜けないが腕に大人しく収まっている素直な青年の髪を優しく撫で、思い返せばあの夜砂漠の街は月下――

 

――

「攫って行かないなら血をくれてやらねえ」

「何をばかなことを言っている、血の提供は誰のための処置だと思っているのだ」

「おれを連れて行けよ」

「聞き分けのない子だな……いいか、良く聞けよ。何度も言っているが貴様を探しにジョセフ・ジョースターが追ってくる可能性があるうちは連れて行くつもりはない、……ばかもの、なんだその顔は」

 拗ねたように唇を少し尖らせて眦に雫など浮かべるものだからDIO側の脅威として恐れられた少年もこれでは型なしである。

DIOはその頬に指を滑らせて目尻を拭ってやり、いたいけな子供に言い含めるように言葉を紡いでやった。

「お前が一度祖国に帰り、そして何ら変わりのない日々を送っていつか両親の元を離れ、自分の暮らしというものを持ったならば。わたしはお前を再び迎えに行こう。それまで貴様がわたしを殺しに来なければならないような悪事一切は慎むと約束しよう」

「……解った」 

 ――そうして説き伏せた承太郎を名残惜しみながらも別れ、国に帰っても行方を探り続けていたジョセフの前からもとうとう完全に行方をくらませたDIOは、承太郎が親元を離れるまでを数年、高等教育後に大学の卒業、もしくは最低でもあちらでの成人を迎えるまで、と踏んでいた。

 ところが蓋を開ければ承太郎は高等学校を卒業した翌年には単身アメリカの名のある大学へぽんと入学を決め、さっさと一人暮らしの環境を整えると予想していたよりも何倍も早くDIOが迎えに来ると言った条件を揃えて見せたのだ。

 重ねて観察されているのを知りながら夜毎窓辺で熱っぽく名など呼ばれてもみろ、これで迎えにゆかない道理があろうか。

 離れた期間は長くはなかったが、月光を背負って再びまみえた時の承太郎の顔といったら。

 

「夢を見たぜ、てめーとツラ合わせる前に。」

 照明を消し、腕の中の最愛に睡眠をとらせるためあやしこんでいると、彼がポツリとそんなようなことを呟いた。

きれいだったぜ、眠たげな舌が紡ぐのに耳を傾ける。夢でみたてめえはこの世の何よりきれいで、

「多分……一目惚れってやつなん、じゃあ、ないのか……な、」

 すやり。

寝入り端にそれだけを告げるとあとに続くのはすーすーと穏やかな寝息のみ。

「……そうか。良い夢を見ろよ、じょうたろう。」

 わたしも同じだ。

優しい囁きと共に額にキスして、今生の巡り合わせに祝福を。

伴侶を腕にふと月を仰ぐ吸血鬼は、月光に照らされ確かに幸福で美しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Masked World Star DIO承テイスティング企画

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