
宵ノ口逢引日和
「空条博士は金色の美猫をお好みだ。」
まことしやかに人から人に。今も昔も変わらず物陰から物陰を伝う猥雑な伝播のひとつに、海洋セクションに勤める美貌の棘皮動物研究権威、空条博士がプライベートに美しい少年を愛妾として囲っているという噂がある。
天候が悪い日には少年自ら仕事場まで車で迎えに来ることもあるという。少なくとも車の運転ができる年齢であることは確かだというのが尤もな意見であったが、直接その光景を目撃した者の中には彼は年端も行かないような年齢の少年だったと言う者も居る。真相はさておき不惑を過ぎての空条博士に纏わるうわさ話としては些か刺激の強いものであった。
内容としてはこの年頃の金を持て余したドラ親父共であればさして珍しくもないシモの嗜好にだらしのない類の与太話であったが、これが常日頃仕事もプライベートも浮き話のひとつなく真当硬派で知られる空条博士がこれまた見目麗しい男妾を抱えているとくれば、口さがない人々の関心を集めるのもまた無理はない。
また、当の空条博士も公称齢四十を超えて尚一層黒耀から切り出したような美貌の男であるがゆえに、より一層人々の好奇心を掻き立てるのであった。
「幼い姿で職場に来るのをやめろ、わたしの性癖が疑われる」
「好いじゃないか……この姿が一番楽なのだ。」
向いでふんぞり返るDIOはまた一段と幼く、子供用のゴシックでロリータ気味な衣装(彼の最近の流行。)に身を包み不釣合いな程大きな黒の蝙蝠傘をクルクルと回して居間のソファにしどけなくしなだれている。全く室内だというのに。
「雨雫が落ちるだろう」
「ばかめ、これは室内用。」
ニンマリ笑う様子も生意気ながらに、ただ姿が幼いというだけで愛らしいものである。
年の頃は11、12といった具合で釣り上がり気味の大きな瞳の縁には豊かな金の睫毛がこれでもかと生え揃い、有り体な例えを使えばビスクドールもかくや、人を惑わす美少年の貌をした吸血鬼は自らそう云ったように過ごしやすいからという理由だけでこのまま職場へ承太郎を迎えにやってきたりする。それを目撃された日にはそれはもう退屈に飢えた人々の好奇の的に晒されるわけで。
毎度雨天曇天を選んでは職場まで迎えに乗りつけ、いじらしくも血の繋がった実子の如くあどけない笑みを浮かべるDIOが差し出す大きな傘を受け取り華奢な身体を腕に抱いて歩くのは悪い気分ではなかったが、それは極々プライベートだけに留めておきたい楽しみだった。
そんな承太郎の思いなど露知らず。可愛らしい微笑みを浮かべた天使がニイと口角を歪めて蝙蝠傘を後ろへぽいと放り出したかと思えば、徐ろにいやらしい手つきを伴って承太郎の膝へ跨ってくる。
「ナア、」
「……何だ、しないぞ」
欲を掻き立てる意図を持った甘ったるく幼い呼びかけが承太郎の耳朶を擽るが、上にDIOが載っているにも構わず足を組み直すと転げ落ちそうになった少年が不機嫌そうに逞しい首元へとしなだれた。
「いいだろう? 研究も繁忙期だというからずうっと良い子にして待っていたじゃあないか、短いが休暇をもぎ取って来たのは知っているんだ……つれないことを言うなよな、」
空いた指先でくるくると承太郎の胸を撫で、遊び慣れた女もかくや春をひさぐ娼婦の如き媚態ですげない相手を甘く詰る様子は正しく幼き淫魔であるが、姿が幼かろうがそうでなかろうがこの男に身を委ねれば最後、どこまでも際限なく貪られて少なくとも明日の陽の出は拝めないことは身を持って知っていた――無論閨事的な意味の方で。
夢魔(サキュバス)の皮を被った悪魔(サタナキア)だ、と承太郎は一人ごちる。シャツの上から胸を撫でていた不埒な指先が黙したままの男に焦れてそっと布越しに胸の先を摘まむ悪戯を始めたので、承太郎は彼の華奢な脇に腕を差し入れて持ち上げてそのままひょいと床に降ろしてしまった。
「生憎子どもと致すシュミは持ち合わせていない」
「……吝嗇め、お前はすっかり注文が多くなったな!
今やこんなにも"自由"になったというのに……わたしはそんなことのために、お前の頼みをきいてやったんじゃあないぞ 承太郎」
「そのことに感謝はしているが……」
「ええい、嫌なら貴様も姿を変えればよかろう」
むい、と上に載られても鉄面皮を貫いていた承太郎の口元だけが僅かに歪む。10年振り交際を始めてから435回め、無言で表される彼なりの"不服"の意思表示だ。
「……面倒くさいんだな?」
呆れた。
「わたしはお前と違って時間が掛かる上……あれは地味に痛いから嫌だ」
「ほーう、承太郎。わたしは痛覚を遮断する術を覚えろと言ったはずだが? あれは一体何年前の話だったかな」
生命に関わることだというのに自身の肉体への研鑽を疎かにしてまでまた海の生き物ばかりに没頭していたな、と問い詰めると今度こそあからさまにバツの悪そうなグリーンの瞳があさっての方へ逸れた。
本人は財団の手を借りるにあたって必要最低限にしか周囲にその情報を明かしていないが、見た目は不惑でもとうに人としての生を終えてDIOと偕老の契りを交わし、その眷属へと化した身である。偽りの代替わり、外見的な年齢操作、色々とものを駆使して永い人外生活の平穏を勝ち得てきた。
「はあ……全く仕方のない子だ」
そうこぼしたDIOの姿がみるみるうちにいたいけな金の天使からするりと上背を伸ばし、あっというまに承太郎と目線を同じくする麗しい青年へ成長を遂げる。そうして次に瞬きをする間には若々しいその姿を通り越してほんの僅か目尻を撓ませた妙齢の紳士が出来上がっていた。
フゥと一息ついて髪を掻きあげた男は気取った風に承太郎へウィンクをひとつ寄越してみせ、傍らに放ってあった紳士用のシャツへ袖を通す。
「これで満足して頂けたかな?」
「やれやれだ」
少し褪せたブロンドを小奇麗に撫で付けた美しい男へ呆れたように挨拶のキスを贈り、返事のキスを頬に受けて軽く抱擁を交わすと彼は小さくふふ、と笑みを浮かべるのだった。
「しかしその見た目で即物的というのもナンセンスだ。」
「違いない。 ならご一緒に、今宵はオトナのデートと洒落込もうじゃあないか」
承太郎としても待ちかねた久々の休暇。ベッドに縺れ込んで身も蓋もなく抱き合うという予定はひとまず取りやめにし、二人は額を突き合わせてささやかな夜のデートの計画を実行することに決めた。
良い年をしたおじさんが二人連れ立って歩いたところで気に留めるものもあるまい。全くこの姿は洒脱な夜遊びをするにはもってこいの外見なのだから。(結局のところ幾分年を召したところで絶世の美丈夫が二人……妖しい魅力の美中年と研ぎ磨いたようなあやうい雰囲気の美中年が並び立って歩いていれば当然道行く人々の視線を集めるのは想像だに難くないことではあったが)
海沿いにある遊歩道にもほど近いこの住まいを承太郎は気に入っている。
石柵に凭れて高台から闇に凪ぐ海を見下ろすと、波間に入ってふと顔を上げ目にする水平へ心奪われるときとはまた違った感傷を得ることができるのだ。
「暗い海は嫌いじゃない、この眼なら遠くまでよく見える」
「わたしはまだ少し苦手だな。小窓から見えるわけでもない海底を小箱に縮こまって100年余り……正直身体が保つかよりは気が狂ってしまわないかと気が気でなかった」
「殆ど寝てたんだろうが……。そいつは想像するだに窮屈な100年だとは思うが、つまり小箱に詰まってんのが嫌な思い出なんだろう。いっそ潜ってみたらどうだ。」
「海底に?」
「海底に。……呼吸、要らねえじゃねえか。」
おれたち。
「……フゥーム、確かにそいつはイイ。グッドアイディアだ承太郎。無論付き合ってくれるんだろうな」
「喜んで、というやつだ」
水圧の問題はあるだろうが、まずまずこの身体ならば海の底に降り立って活動することに問題はあるまい。
光のない海の底でも吸血鬼の瞳ならば見通す。そこから見える景色はどんなものだろうか。奇妙な住人の暮らす静かな世界で、白い堆積物を足元に舞わせながら、DIOの手を取ってゆっくりゆっくり歩いていく……、と承太郎はしばし夢想した。
幻想の海の中では何故かDIOが黒い蝙蝠傘を差していたが、出かける前の遣り取りが原因だろうか。気に入りの其れを時折室内でも開いていることの多い風変わりな吸血鬼が想像の中から牙を見せつつにっこりと承太郎へ笑いかけてきた。
闇色の海を眺めながら黙って潮風にコートの裾を遊ばせている承太郎の肩を抱けば、漸くDIOの元へ熱を湛えた視線が返ってくる。ベタなシチュエーションだ、と内心自嘲しつつ、雰囲気に蕩けた海色へ吸い寄せられるようにキスをした。ありがちなシチュエーションにはありがちなりの理由があるのだとDIOは知った。口付けせずにいらいでか。
「ロマンチスト」
「……今直ぐ海に還されたくなければ口を慎めよ」
憎まれ口も全て照れ隠しの裏返しだとわかっている。わかられている。
「やはり海は苦手だ、このDIOともあろうものが三文小説かハーレクインのダァリンにでもなったかようじゃあないか、海にはそうさせる力があるに違いない。全もってく気に食わない」
「素直じゃないな」
「うるさいぞ」
「そういうのは雰囲気に呑まれるって言うんだ」
「うるさい」
「悪くないけどな、そんなお前が」
海から風が吹き抜ける。拗ね気味のかんばせに承太郎からキスをして、思いのほか冷える、早めに繁華街へ降りよう。と固まったダァリンの袖口を引いた。
「少し寄る。店の前で待つか、暇なら何か買え」
遊歩道から夜の商店が並ぶ通りへ降り、シンプルで小洒落たテーマの雑貨屋を目に留めてそう言うと一緒に行ってはだめなのかとDIOが唇を尖らせる。それもそうかと思い、折角デートであるのだからと共に入ると少々乙女趣味の入った品々に吸血鬼は目をぱちぱちと瞬かせていた。
「……こういう趣味だったか?」
「いや?」
外見四十路の男が持つにしては華奢でかわいらし過ぎる造形の小箱を手に取ると隣で見ていた吸血鬼がものの弾みで壊しそうだと恐る恐るそれをつつく。
「今度同僚の昇給祝いにな。確かパスケースが壊れそうだとボヤいていた」
「ふうん」
幾つか無難そうなものを見繕い、その中からこれにするかと手にとったのはイルカの意匠を施した青い革製のパスケース。それらをひと目見るや目元を覆ってああ、と大げさに天井を仰ぐDIOが嘆くので何事だと思えば。
「贈り先は女か? やれやれ、貴様はこういったものに本当にセンスが無い」
「やかましい。恋人に贈るものでもなし、」
「それにしてもだ。見ろ、全て貴様のシュミではないか」
星か青か海洋生物しかないのか貴様は。
むう、と黙りこむ彼の代わりに同僚の年と私服とを聞き出し女は意外と小奇麗でシンプルなやつを好む生き物なんだよなどと言いながら意匠の代わりに差し色やストライプの入ったシックなデザインのものを幾つか提示してやる。
「恐らくこんなような雰囲気なら喜ばれるんじゃあないか」
「……じゃあそれで、」
おっと。選んだものを適当にレジへ持って行こうとする承太郎の手からひょいと取り上げてしまうと、何をするんだという風に鍔の下で片眉が上がる。
「パスケースは財布とブランドを合わせている可能性がある。片方壊れかけているからといって一方だけを贈るのは早計かもしれんぞ」
そこのところはリサーチしておくべきだな。
顔の横でケースをぷらぷら揺らしながらそうDIOが忠告してやると、肩をすくめ聞き慣れた口癖を吐き出しながら彼はパスケースのコーナーに背を向けた。
「……お前に買ってやろうか。どれがいい。」
「わたしか? わたしはそうだな、承太郎の好きなものが良い」
折角店に入ったのだからお前にも何か手土産に買ってやると言われてぐるりとフロアを見渡すが、特にめぼしいものも無かったので正直にそう伝えたところ承太郎にやや渋い顔をされた。
「わたしの好みじゃなくて自分の好みで選べ。」
「別に良かろう。承太郎好みのものを身につけているとわたしを見る目がやさしい」
「否定はしない」
これなんかはどうだ、とシンプルな黒皮に赤いラインの差したごつめのチョーカーを差し出されるがDIOは首をふる。
「ふむ、確かにイケてるセンではあるが……このわたしが"お前の好みでいい"と言っているのだから日頃のセンスの無さを遺憾なく発揮してくれていいんだぞ」
「言ってくれるな」
結局ハートとイルカのチャームが揺れる宵海色の華奢なチョーカーを買った。どう見ても女物だが少年の姿でいるときにつけてやろうとDIOは上機嫌である。承太郎が自分に身につけさせるために選んだ承太郎の好み丸出しの品がDIOの好みにもそれとなく合致しているのを、それなりに永く寄り添っただけはあると比翼の鳥も連理、通(つう)と言わずとも呵(かあ)が返ってくる心地よさににんまりとしていた。
一方でニヤけ顔を隠しもしないDIOに気恥ずかしくなって帽子の鍔を引き下げる承太郎の癖は生前からそのままである。
「あれ。 空条博士、夜のお散歩ですか?」
Berへの道すがら、引き続きぶらりと夜店などを見まわっているとセクションの職員が二人を発見して声を掛けてきた。人口の控えめで財団関連の施設住人が割合多い地域ではあるが、夜道を行く人の流れから直ぐさま見つけ出されたのはやはりこの二人組が人目を引く容姿をしているからだろう。
ひょろりとした職員は一般の海洋研究所からスタンド関連の引き抜きで入所した新入りで、若い職員の例に漏れず同セクションの上司にあたる承太郎に憧憬を抱く好青年である。DIOのことはまだ知らない。
「ああ、少しな」
「博士にも息抜きが必要ですもんね。 ……ええと、それで失礼 その……」
連れの男は何者かと興味深げな視線を向けてくるので察したDIOが自ら名乗って見せた。
「ブランドーだ。 国際弁護士をしている」
にこやかな応対をするDIOは図体による威圧感を裏切っていかにも優男風の態度を装い人を誑し込むのが常だが、有能な部下を骨抜きにしてくれるなよと承太郎は毎度気が気でない。国際弁護士という肩書も出任せではなく本物で、被る猫だけは一等上等な毛皮を用意しているのだから尚のこと性質が悪いのだ。
ため息をついて簡単に部下の青年を紹介してやるとDIOはそれきり彼への興味を失ったようだが、青年の方は承太郎に寄り添う見知らぬ男との関係へ好奇心を抱いているらしいのが態度からもろに透けて見えた。
まあしかし口に出して訊くわけでもなし。余計な情報をくれてやらなくてもいいだろうと考えていた承太郎をよそにその腰を抱いて引き寄せる者がある。
「?」
「今夜は妻とデート、といったところだ」
邪魔をシてくれるなよ。
DIOがきょとんとした青年の前にこれみよがしに左手を見せつけると、承太郎が静止する間もなく顔を真っ赤にした初心な職員は一言詫びて慌てたように去って行ってしまった。やれやれ、これは明日からまた彼らのうわさ話のタネがまた一つ増えるぞと眉間を揉む彼を腕に抱いたまま詫びにキスを一つ贈り、つい見せびらかしてやりたくてなってなァとは悪戯な吸血鬼の談。
DIOや承太郎に関する正しい事情を知る一部の職員らは保護者の如く微笑ましく思うだけだろうが、事情を知らない層には何を言われるやらと呆れている承太郎である。しかしそこはかとなくうわさ話だけが広まっても、実際彼に直接真偽を問いただす気概あるものはまずいないのだった。後に残るは物陰で恋の敗北に枕を濡らした死屍累々。
目当てだった馴染みの小さな店へ入ってカウンターの隅に座り、各々好きな酒を自由に頼んで他愛のない歓談に興じる。
プロジェクト中に起きた笑い話にでもする他ないアクシデントだとか、近所に住むハンフリーおばさんの姪っ子がお前に大層熱を上げているらしいだとか。お前が好きだったRIKISHI、なんと言ったか……あれの娘に二人目のひ孫が出来たそうだとDIOが告げると、承太郎は呷っていたウィスキーのグラスを静かに置いて時の流れへ感慨深そうに目を細めていた。
どことなく無骨なラインの酒を静かに傾ける承太郎は酒に強かで、そこらのウワバミと飲み比べたところで顔に出もしないザルであるが流石の彼もワクとまではいかない。杯を重ねていけばそれなりにとろとろと酔いが回って良い具合に出来上がり、気持ち通常よりもマイルドな雰囲気を醸し出すようになる。
そんな頃を見計らい、バーテンにルシアンを注文して出してやるとそれを受け取った承太郎はDIOの肩にこつりと頭を預けてくつくつ喉で笑った。
「こんなおじさんを酔わせてどうしようっていうんだ?」
「勿論、美味しく食べてしまおうと思ってね」
「やれやれ、どうやら悪い男に捕まってしまったらしいな……」
わざとらしいんだよ、と笑いながらけして度数の低くはない赤く甘い酒をくいと飲み干す承太郎。言葉遊びも程々に、席を立つ彼の少しふらつく腰を抱いてその耳元へ上に部屋をとっていると囁けば色男め手慣れてやがると呆れたような笑い声。
こういったものはよくよくスマートでなければならない……その手筈もな、とバーテンに目配せすればあちらは心得たもので視線で了承が返ってくる。当然釣りの要らない前払いだ。
逸る心を抑えて上階へ酔った相方を伴い二つしかない部屋の片方のドアへ影のように身を滑り込ませた二人は、音を立ててオートロックの扉が閉じると同時にぐっと強く腰を引き寄せ合い承太郎を思い切り仰向けに倒すような姿勢で熱に浮かされるまま深くキスを交わした。
背に回る腕に体重を預け、首に腕を絡めて殆ど真上から与えられる口付けに身を委ねる承太郎も大概酒と雰囲気に呑まれ至って満更でもない。
この店は規模こそ小さいが上のテナントは"御休憩"に利用できるように改造されており、時折DIOのような羽振りの良い常連が利用していくため気遣いのなされた部屋が用意されている。突発的なデートの中いつの間に予約を取り交わしたやら、熱烈な口付けに応えながら毎度のことながらDIOの手腕には舌を巻く、と承太郎は感心した。
「あァ……待ちかねたぞ」
「ン、……早くベッドへ連れて行けよ、」
「そう急くな承太郎」
情感たっぷりに唇を放し 今夜はゆっくりしっぽりかわいがってやろうなと蜜を含ませるDIOが心なしか常より口早にそう伝えるのを、急いているのはどちらだと思わぬでもなかった承太郎であるが、久々に欲しいのはお互い様であるので自身を抱き上げる腕にも黙って熱を燻らせるばかりだった。
そのまま静かにベッドへ降ろされると、覆いかぶさったDIOがいつの間にか姿を若返らせている。
「この方がいいだろう? 何せ久方ぶりだからな……抑えが効かないかもしれん」
欲に金色の眼をぎらぎらと輝かせるDIOのその滾る熱情を受け止めた承太郎は、身を起こして少し待っていろと言い肩口に額を付けて息を詰めた。僅かに呻き声を上げぶるりと身を震わせる彼が身を落ち着けた後その面をそっと上向かせてみると、凡そ20年程振りに見る懐かしい全盛期は少年姿の白皙である。額へ僅かに汗を滲ませた彼はニヤリとかつてよくそうしていたように挑発的に笑んで見せた。
「この方が、いいんだろ?」
手綱のように両手を絡め、跨る騎手をトロットで揺すって。
緩い調子だが大きな上下にしっとりと汗を含ませた身体が靭やかに伸びるのを視線で幾度も撫ぜた。金の眼差しを受けて撓る白い肌は月光を吸い込んでDIOと同じモノとなったことを明らかに示す滑らかな雪花石膏だ。薄く開いたそこへ誘われるまま唇を寄せ浅く舌を擦り合わせているとふいにひくりとその身を震わせ今宵幾度目かの法悦を極めてみせた。伏せた瞳が海色に蕩けて眼下のDIOを愛おしげに見つめ返してくる。
「達った、ぜ……」
「流石にタフだな、もう何度目だ」
「ンン……てめえが激しかったからよく覚えてねえな、もう片手じゃ足りねえ、か も」
絡めていた指を解いてDIOの首へと腕を絡ませ胸に抱くよう引き寄せる。張りのある胸へ頬を押し付けると心地好い感触、頭上からは欲と慈しみを滲ませた微笑みが降ってくる。疲労知らずの肉体を手に入れた二人は其れこそお互いに飽きが来るまで寝床で抱き合っている事ができるゆえに際限なく求め合い、受け入れることに慣れた承太郎は意のままに絶頂することも含めて大いにセックスを愉しむことができる精神的肉体的余裕をもつようになった。
首を抱く承太郎の鼻先を下から甘咬みしてやり、くすぐったがって身を捩る彼の顔を唇で頬を蟀谷を愛でつつ辿り耳へ齧りつく。ちいさな孔へ舌を差し入れ吐息の乱れるのを愛しく思う。耳殻を柔く食めば息を詰め、首筋に唇を押し付ければ耳元に甘やかな吐息が吹きかけられるいとしきレスポンスに否応なしに昂揚する……これが繋がったまま迎えるもう幾度目かの交合だとしても。
「硬くしてンじゃあねえ、よっ」
「足りんさ。まだまだ……」
下から調を変えて突き上げ、DIOは回した腕で承太郎の滑らかな尻を鷲掴んで捕らえ。揺れる尻ごと結合する肉を揉み込むと、腰を撓らせた承太郎が短く喘いで肉壷を狭めDIOの陽物を絞るようにして、DIOの首を抱く腕にもぎゅうと篭る力の程で彼の悦びを知る。猥雑な仕草に喉を鳴らして切なげに眉を寄せる承太郎は色好きの娼婦程には乱れずに浄く、しかし色をしらぬ未通と評すには情事に手馴れて恥じらうこともなく、二人ただ閉じ貝のように身を寄せ合う互いの肉の相性ばかりが何処までも合わせ致りの極みにあった。
身体が若々しければ多少の無茶も目を瞑る。年を経た承太郎の柔らかな肉感も実に好くDIOの性情に訴えたものであったが人外の肉体とはいえ何となしに無理をさせてはいけないような気がして無意識に手心を加えた交接に相成っていたあの夜この夜、そんな日々が10数年近く続いていたのだ、必要以上には姿を変えようとしない承太郎が20年振りに見せる出会った頃の若くうつくしい肢体へと生唾を飲み下すDIOに、誰が歯止めを掛けたものだろうか。まさしく獣の如く交じり合った。
「あ、……っは、悦い、でぃお……そ、れ好きだっ、また達く、達く……」
腰を回して打てば、甘やかに夜を鳴くDIOの若燕。
唆る情欲に胸を灼くDIOはこのまま聴き浸っていたいような気もありしか、快楽に身を捩る彼の唇を塞いでその絶啼を呑み込み、煽り立てられ昂揚するまま支えた腕でしっかと承太郎の背を抱いて彼の白く波打つ腹の裡へと逐情を果たした。
かくりと喉を晒して法悦の極みに至った承太郎は気を遣ったかのように思われたが、唇を解放して後緩々と視界へDIOを視界へ戻すなり隠微な表情でぺろりと唇を一舐めしてこう宣ったのだ。
「なあ。今のもう一回、しようぜ……」
未だ獣の夜は明けず、仮の寝床が軋むばかり。
一夜明けて。閉じたブラインドからぽつぽつてんてんと水音が鼓膜を擽って承太郎は目を覚ました。伸びをしながら身を起こせば朝日にしてはずっと弱い明度で部屋が薄ぼんやり照らされている。
「……傘を持ってくるんだったな」
「ンン……じょうたろう? もう起きたのか……」
寝ぼけた金色が下からもぞもぞと腕を伸ばしてくる。
「雨だぜDIO」
宙をさまよう手を取って寝ぼけ眼の情人へ目覚めのキスを送ってやれば、漸く眠たげな金色が覗いてきょと、と窓外の音を伺った。
「……雨? ぬかった……次の雨には気に入りの傘をおろそうと思っていたのに。」
「またあの黒いやつか、好きだな」
「好きだとも。このDIOが手にするには黒が相応しいのさ……なァ?」
「うン?」
わからないならいいさ、もう一眠りしようじゃあないかと承太郎はシーツに引っ張り込まれる。
為すがまましっかりと抱き込まれた頭のてっぺんへ鼻先をうずめ、ふすふすとDIOが笑っているのが吐息でわかった。
そうして空いた指先で短い癖っ毛を撫ぜながら、独り言のような言い含めるような調子でまた呟くのだ。
「そうとも、黒こそがわたしには相応しい」
朝焼け雨の褥に睦む吸血鬼が二匹。
[end]