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宵祭りの星

 

 

 

 

 

 

 夏休みを間近に控えた、初夏の夜。

 おれ、空条承太郎は、いつものように夕飯を終えて風呂から上がると、麦茶と煎餅を用意して茶の間に腰を降ろした。

 

 時刻は間もなく午後の八時。居間に来た目的は、近ごろ再放送が始まった某ミステリードラマを見るためだ。

 

 子供の頃に全編視聴済みであったが、これがなかなかどうして面白い。

 思うに、作品と言うのはそれを受け取る側の精神や年齢に応じて、色も形も変質する。たとえばそれは、感情移入するキャラクターだったり、共感できるエピソードだったり、十人十色だろう。

 

 テレビ放送はちょうどバラエティ番組の真っ最中で、若手芸人たちがやんややんやと色々な企画に挑戦している。あいにくニュースはどこもやっていないため、おれは大人しく読書をしながらドラマの開始を待つ事にした。

 

 

「…………平和だ」

 

 

 チリン、と鳴る風鈴と、賑やかに鳴く蝉時雨が、テレビの音と混じって聞こえて来る。

 穏やかな憩いのひと時に身をゆだねながら、買って来たばかりの推理小説の続きを読もうと、栞を挟んだページを開いた――――次の瞬間。

 

 キュイイイイイッ! という急ブレーキ音と共に、やたらやかましく家のピンポンが押され始めた。

 

 

「………………」

 

 

 なんとなく嫌な予感がしたおれは、このまま無視を決め込んでやろうと思った。

 思ったのだが、チャイムを連打する音は止む事を知らず、あたりの蝉すら全て蹴散らす勢いでドンドンと扉を叩かれ始めたので、諦めて腰を上げる。……ああ、ものすげえ、気が重い。

 

 けたたましく呼び鈴を鳴らし続ける訪問者にあらかた見当をつけながら、玄関の扉を開ける。

 

 すると、そこには案の定、金髪の外国人が不機嫌そうな顔をして立っていた。

 

 

「遅いッ! このDIOがわざわざ足を運んでやっているのだぞ、三十秒以内に駆けつけてもてなさんとはどういう了見だッ!」

 

「今日はもう閉店だぜ。帰んな」

 

 

 ガラガラ、ピシャン。

 冷たく言い放ち引き戸を閉めると、またけたたましくチャイムを連打された。

 

 

「なんだ。何か用か」

 

「WRYYYYYYYッ! 用が無ければこんな郊外の家まで足を伸ばすかッ! ひとまず上がらせてもらうぞ」

 

 DIOはふんぞり返りながら、玄関に侵略してくる。

 

 吸血鬼、DIO――――昔の名は、ディオ・ブランドー。

 この男は、何かと言うとおれのところにやって来ては傍若無人な振る舞いをしていく、はた迷惑な存在だ。

 

 何かやんごとなき宿命の関係にあったはずなのだが――――その記憶を辿ろうとすると、頭にモヤみてえなもんがかかって、いつも思い出せないでいる。

 

 

「おい、おれだって暇じゃあねえんだぜ」

 

「貴様の用事なぞ、どうせ再放送の推理ドラマを見ることと文庫本を読むことくらいだろうが。そんなものは私の用件に比べれば塵芥も同然よ」

 

「……言ってくれるな。じゃあ、テメエの用件はどのくらい崇高なもんだってんだ」

 

 

 勝手知ったる他人の家、と言った具合で上がり込んできた吸血鬼(ちゃんと靴は脱いでいる)は、おれの問いかけに対してこう答える。

 

 

「うむ。それなのだがな――承太郎。エンニチなるものに、私を案内しろ。大急ぎでな」

 

「…………は?」

 

 

 状況がまったく飲み込めない。

 縁日っていうのは、もしかしなくてもあれだろうか。

 神社で開かれてる、商店街の祭りの話か?

 

 

「なんだって吸血鬼が日本の神様にお宮参りするんだ。新手の冗談か?」

 

「このDIOとて不本意だが、どうしてもと頼み込んでくるやつがいるのだから仕方ない。十分間だけ待ってやるからとっとと支度をして来い」

 

 

 顎でおれにうながしながら、ちゃっかりおれのお袋にも挨拶をしたDIOは、とっとと奥の茶の間に引っ込んで行っちまった。

 

 そうして、おれが見る予定だったテレビのチャンネルを変更して『日本!小江戸発見!』などというローカル番組まで見始めたではないか。

 

 

「なんだってんだ、一体……」

 

「何を呆けている。貴様の見たがっていた番組はテレンスにホテルで録画させてやっているから安心して支度してこい」

 

 

 すっかりおれの趣味はこいつの執事に筒抜けのようだ。

 

 何故かやっぱり不機嫌そうなままの吸血鬼を尻目に、おれは仕方なく、今日のドラマは諦めて出かける準備をするのだった。

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

「ねえディオ。吸血鬼って、縁日に行っても平気かな?」

 

 そもそものきっかけは、、旧友から発せられたそんな一言からだった。

 

 縁日――それは神仏との有縁(うえん)の日をさし、神仏の降誕、請願などのゆかりのある陽を選んで祭祀などが行われる日の事である。

 

 元来は、その日に参拝すると普段よりも一層の御利益があると信じられた日でもあるのだが、現代となっては『露店が出されて買い食いできるお祭りの日』程度にしか一般的に認知されていないのが現状だ。

 

 さりとて、日本の神社仏閣というものはこと海外の関心を引いてやまない魅力的な建造物である。

 石造りの無骨な階段に、真っ赤な鳥居。さい銭箱に金を入れて、ガラガラと鐘を鳴らす独特の風習。日本各地どこにでもある『神社』の『お祭り』に、浴衣を着て参拝するのは、外国人の小さな夢だったりする。

 

 夢だったりするのだが、それは俗世を生きる今時の人間の願望にすぎない。

 

 こと百年の眠りから覚めた吸血鬼、ディオ・ブランドーには、そのような東洋の田舎の風種など微塵も興味がなかったのだが、しかし。自分の夢枕に毎晩のように立っては色々と注文をつけてくるかつての仇敵、ジョナサン・ジョースターの亡霊は、厄介なことにその神事に興味津々な様子だった。

 

 

「ジョジョ。何度も言うが、おれが貴様の口車に乗ってこの日本に来たのは、あくまで目的を達成させるためであり、おまえの観光旅行に付き合うためではない」

 

 

 この国に来て、何度口に出したかわからない文句を、吸血鬼は亡霊に言い放つ。

 

 そもそも何故DIOが日本に滞在していて、承太郎と普通に友人のような会話を繰り広げているのか――その説明をすると非常に長いのだが、ざっくり言ってしまえば、ジョナサン・ジョースターの姦計によるものだ。

 

 エジプト・カイロを目前に迫った承太郎たち一行と戦う準備をしていたDIOに、ジョナサンはある夜、突然「そのまま戦っても君は承太郎にフルボッコにされて殺されるだけだよ。やめちゃえやめちゃえ」だの失礼なことをのたまって、戦いそのものを回避するよう提案してきた。

 

 その方法と言うのは、承太郎の母親の呪縛を解き、承太郎から旅の一切の記憶を排除して、DIOを脅威と認識させなくすること。そして、何の因果か冗談か、決して今後も争うことがないようにと、あの空条承太郎と恋人関係まで結ばされたのである。

 

 暗示はお陰さまで順調で、吸血鬼も彼の部下も、今やすっかり日本の生活に慣れて来ている。無論、戦わない。と言うのはあくまでDIOにとってはポーズだ。

 

 機会があればいつでも承太郎の寝首を掻いてやるつもりだし、ジョースター一族を根絶やしにする目的は変わってはいない。ただ、ジョナサンの忠告もあり、今は焦らず期が熟すのを待っているだけなのである。

 

 

「承太郎と一生添い遂げて、彼が人生を全うした後だったら、世界征服でもなんでも好きにしたらいいだろう。君は不老不死なんだ、焦ることはない」

 

「それと、このDIOが縁日に行くことと、なんの関係があるのだ」

 

「何って。やだなあ、デートだよデート。最近、きみも承太郎も家に引きこもって読書ばっかりしていて、全然恋人っぽくないじゃあないか。そりゃあ、争いがないのはいいことだけど、接点が無さ過ぎるのは考えものだ」

 

 

 ジョナサン・ジョースターの暗示は、あくまでDIOが承太郎の側に居続けることで成り立つ類のものらしく、定期的に会っていないとこのように怒られる。

 

 理屈は理解できるのだが、それなら別に縁日でデートなどという名目にせず普通に会うだけでも良さそうな気がするのだが、どうか。

 

 

「ロマンがないじゃあないか、そんなの。夏祭りの日に、二人がいつもと違った格好で、手を繋ぎながら、境内の上で打ち上げ花火を見る……。これがニッポン! これがジャパニーズ・メロドラマなんだよ、ディオッ!」

 

 

 拳を握りしめるジョナサンの背後に、八十年代の少女漫画コミックスが大量に積み上げられているのを、DIOは極力見ないふりをした。

 

 とにかく話はわかった。縁日に行きたいと彼がゴネる以上、行かないわけにはいかないだろう。これを無視すると、この男は吸血鬼がそれを実行するまでいつも以上に夢の中で騒ぎたててはDIOの安眠を妨害するのだ。

 

 

「ああ、わかったわかった。縁日に行って来ればいいんだろう。おまえがそうしろと言うなら言う通りにしてやるよ。このDIOも、東洋の文化にまったく興味が無いわけではないからな」

 

 

 快諾を得られたとなると、相手は満足したのか。ジョナサンはそれきりニコニコと笑顔を浮かべながら、アンティークデスクの方へ戻って行く。

 

 そうして、いつものように机に向かって書きものを始めたのを確認したのち、吸血鬼は、夢の中で更に深い眠りへと入って行った。

 

 

 

    ◇◆◇

 

 

 

「だいたいどうしてこのDIOが庶民が集まる祭事になぞ参加せねばならぬのだ……」

 

「あ? なんか言ったか?」

 

 人で溢れかえる縁日の露店を見回りながら、ぽつりと零した愚痴は、どうやら承太郎には聞こえなかったようである。

 

 広場の中心に置かれた囃子太鼓に、ワッショイ、ワッショイ。という掛け声と共に担がれる神輿。

 

 どこの国でも祭りというのは血の気が増えるものだな、と、関心なさげにDIOは眺めながら、承太郎と共に神社の境内を歩いていた。

 

 頭ひとつぶん飛び出た彼らは、このような人混みの中でもはぐれる心配はなかったが、どうにもこの浴衣という衣服は頼りない。それに下駄もだ。歩きづらいと言ったらない。

 本来であればこんな恰好をするのはお断りだったのだが、承太郎の母のホリィが「せっかく二人でお祭りに行くんですから」と言って、嬉々として二人分の浴衣を用意してしまったのである。

 

 きちんと着つけてしまった手前、今更断ることもできず、慣れない着流しに横着しながらもなんとか夜の町を歩いてここまで来た。

 

 

「しかし、おまえのその友人ってのも遠慮しねえで祭りに一緒に来れば良かったのによ。いつもテメエに土産物だけ頼んで待ってるって話じゃあねえか。なんか外に出れねえ理由でもあるのか?」

 

 

 ジョナサンに頼まれたお土産リストを覗きこんだ承太郎は、そんな言葉をDIOにかけた。

 

 ……一緒に来られないというか、むしろいつでも一緒というか。なんとも説明に窮して「まあ、そんなところだ」とお茶を濁す。

 

 本当はおまえの御先祖様の幽霊が、あらゆる茶番を仕組んでいて、承太郎とDIOに恋人ごっこをさせていると知ったら、この高校生はいったいどんな顔をするだろうか。

 

 そんな徒然な思考を巡らせつつ、吸血鬼は、改めて『お土産リスト』なるものに視線を落とす。

 

 

【買い物リスト】

・りんご飴

・綿あめ

・射的の景品

 

 

 ……最後のひとつに関しては言外に『射的をしてこい』と言っているのだろう。

 

 ジョナサンはDIOの肉体を通して日本文化に間接的に触れ、亡霊なのに人生をエンジョイしている。それに付き合わされる身としてはたまったものではないのだが、安眠と安心の生活のためには、このくらいの代価は支払わねばならぬのだ。

 

 今更ながら、何故自分はあの時ジョナサンの口車に乗ってしまったのだろうと後悔しつつ、隣を歩く男を見やった。

 

 仮初めの恋人の身長は、自分とほとんど目線が変わらない。

 

 背丈はほぼ一緒で、しかし体格だけは吸血鬼より一回りくらい小さい。日本の血がそうさせるのか、タッパの割に痩身だと言えるだろう。

 

 日本で育った承太郎の浴衣の着こなしは、なかなかのものだった。

 動作に無駄もないし、何よりこの『下駄』なるサンダルを履きこなしているのは感心した。

 

 DIOは常にガラスの靴のようにぴったりしたオーダーメイドのブーツしか履いてこなかったため、このようなフリーサイズのものはどうにも慣れないのだが、日本人はこういったバランス感覚に優れているらしい。

 

 

「そういや射的がしてえんだよな。……おまえの友だちには悪いが、あんまりここの出店の射的はオススメしねえぜ」

 

 

 射的の店の前までやってきた承太郎は、そんなことをDIOに耳打ちした。

 

 このあたりの露店は全て商店街の出し物らしいのだが、射的店だけは近所のゴロツキが集まる柄の悪い店の男が出店しているらしい。

 景品には全て重しがつけられており、まず射的の弾でははじき落とせないというイカサマ店舗なのだ。――こういった連中は、世界中、どこの祭りに行っても一定数は存在するらしい。

 

「まあ、射的の店じゃあよくある話なんだが……ここは特に悪質でな。何回か注意も受けてるんだが、生活がかかってるって言われちゃあそこまでだし、祭りの委員会も警察じゃあねえしな」

 

「ここ以外に射的ができる店は無いのか?」

 

「あるぜ。境内の奥までいけば……」

 

「…………境内の奥?」

 

 

 くんっと承太郎が指差した方角は、入口以上に人がごったがえす神社の参道だった。

 

 もともと祭りに来ること自体乗り気でなかったDIOは、その人の多さにうんざりする。なんだってどいつもこいつも祭りと言うだけで羽虫のように湧いてくるのか。いっそ全員車で撥ね飛ばしてやりたい気分だ。

 

 

「更に人が多い場所に行くなど面倒だ。ここでいい」

 

「あ、おい……」

 

 

 承太郎の制止を振り切って、DIOは射的の店の前まで行く。

 

 金髪の外国人がカモに見えたのか、バーコード頭の店主は下品な笑いを浮かべながら、一回三百円で三発です。と、DIOに説明してきた。

 

 

「承太郎、ちょうどいい。これはデートだからな。貴様が取って欲しいものがあったら取ってやるぞ」

 

 

 吸血鬼の言葉に、店主が笑いを必死に堪えているのが、承太郎にはわかった。

 正直、彼にとってはいくら最近は平和ボケが激しくなったとはいえ、DIOは元より化物なのだ。あまりへたな挑発をして、とつぜん爆発されるようなことは避けたい。

 

 

「フン、この私に不可能なことなどない。早くしろ。百発百中で、どんなものも射ち落としてやろう」

 

「……ああ。じゃあ、あれで」

 

 

 そう言って、承太郎が指差したのは、大きな星型のぬいぐるみだった。

 お安い御用だ。と言って、DIOは射的の照準を構え――パァン。と、弾を発射する。

 

 直後。星型ぬいぐるみは見事に地面へと落下していた。

 

 

「……ッ、は、はあ!?」

 

 

 店主は思わず腰を上げる。

 DIOの動きを、店主はずっと見ていたし、その弾の行方も観察していた。

 

 だというのに、まばたきもしていないのに、確かに景品棚にあったはずの商品は床へと瞬間移動していたではないか!

 

 何が起こったかわからず混乱している店主をよそに、吸血鬼は更に一発、二発。と射的を構え、大物景品を射ち落としていく。

 

 

「フウン、なかなか調子がいいなあ。おい、オヤジ。もう三発追加だ」

 

「あ……? い、いや、あの……」

 

「どうした。客が金を払って弾を寄こせとせがんでいるんだ。早く用意しろッ!」

 

「ヒッ、ヒェエエエエエ!」

 

 

 視線だけで人を射殺さんばかりに威圧され、店主の中年男は情けない悲鳴を上げながら射的用の弾を用意する。

 続いての射的も、続いての射的も、金髪の英国人はあれよあれよという間に、どんどん景品を射ち落としていった。

 

 いつの間にか店の周りにはギャラリーが出来、DIOが文字通り百発百中で景品をゲットするたびに「おお~!」と歓声をあげる。

 

 結局、そのまま吸血鬼は店の半数の大物景品をゲットしたのち。抱えきれない土産を電話で呼び出したテレンスへ預けて、射的屋の前を後にしたのだった。

 

 

 

    ◇◆◇

 

 

 

「テメエにあんな特技があったとはな、驚きだぜ」

 

 夜空に上がる花火を眺めながら、承太郎はそんなことを呟いた。

 

 穴場だから。と連れて来られた裏山の上から眺める打ち上げ花火は、一瞬だけ大きくその黒いキャンパスに花を開くと、すぐ闇の中へと溶けて行く。

 

 

「景品の礼だ。テメエに選ばせてやる。どっちがいい」

 

 

 時間芸術の絵画を見上げながら、彼はおれにタコ焼きとお好み焼きを差しだしてきた。

 

 承太郎の手元には、取ってやった星型のぬいぐるみが抱えられている。

 本人曰く「これは星じゃあなくてヒトデだ」とのことなのだが、私からすればどっちでもいい瑣末ごとだ。

 

 

「恋人へのプレゼントの礼にしては、ずいぶん安上がりなものを寄こしてくるのだな」

 

「なんだよ。不満か?」

 

「不満だとも。こう言う時は、もっと適切な礼の仕方があるだろう」

 

 

 言いながら、ぐいと承太郎の襟首を引っ張り、乱暴に口づけた。

 じっとりと汗をかいた肌と、熱い吐息が、冷たい皮膚に触れる。

 

 いくら人がほとんど来ない場所とは言え、外には変わらないからか。キスに対する抵抗はいつもよりやや大きい。

 構わず舌を差し入れて、その口内を貪ってやれば、そのうち鼻から抜けるような声が聞こえた。

 

 

「ん、ん……ッ! こんなところでがっつくんじゃあねえぜ……誰か来たら、」

 

「何か問題か? 見せつけてやれば良いではないか」

 

「冗談だろ。それに、この辺はヤブ蚊が多いんだ。こんなとこでおっぱじめて、明日になって痒みで死ぬのは御免だぜ」

 

「……ふむ」

 

 

 それはそれで自分としてはまったく構わないのだが、宿敵の死因にしてはちと情けない気もする。

 それに、自分の身体にとっては極上の栄養となるジョースターの血が、その辺の昆虫どもに勝手に手を付けられるのもいささか不愉快だった。

 

 

「それよりも、どうやってさっきの景品を取ったんだ? おれだってあの店の商品は小さいやつくらいしか落としたことがなかったんだぜ」

 

「…………さあ、どうしたのだろうな」

 

 

 暗示をかけられた承太郎は『スタンド』すらも忘れている。

 そのような男に、自身の能力の説明をしたところで無駄だろう。それに、へたなことを言って彼の記憶が呼び起こされれば、今まで何のために歯牙無き化物を演じてきたのかわからなくなる。

 

 ――わからなくなるのだが。

 時たま、不意に、この男の首をへし折りたくなる衝動に駆られるのだ。

 

 このような茶番を続けさせられる事に対する怒りか。

 はたまたこちらの気も知らず、安穏と恋人ごっこにのめり込んでしまって、その殺気の鋭さすら忘れてしまった宿敵への寂しさからかはわからない。

 

 

 ――――戦えば、君は必ず空条承太郎に殺される。

 

 

 頭の中で、ジョジョの言葉が駆け巡って行く。

 わかっている。ああ、わかっているさ。

 

 このDIOの目的は遥か遠く、遥か高みにある。

 世界を支配し、掌握し、人間どもをひれ伏させ、そして、遂には『天国』へと至るのだ。

 

 人の寿命はせいぜい百年。

 それだけの年月さえ我慢して、ジョースターが根絶やしになれば。その時こそ、私の時代がやってくる。

 

 しかし、それでも。時たま私は試してみたくてたまらなくなる時があるのだ。

 この承太郎と、このDIOが、スタンドパワーを全開にして戦ったら、どのような結果が待ち受けているのか。それを見てみたくて仕方なくなるのだ。

 

 結果は既にジョナサン・ジョースターから突き付けられているにしても。この男には、承太郎には。戦って跪かせたくなる、そんな不思議な魅力がある。

 

 

「DIO。どうした、神妙な顔して」

 

 

 ああ、だから。そんな邪気のない表情を私に向けてくれるなよ。

 

 おまえの目はもっとギラついていて。おまえの目はもっと憎しみに溢れていて。

 そんな視線を向けてくれたら――――あるいは、もっと、私はお前を――――

 

 

「――――なんでもない。帰ったら、スイカなるものを食したくなっただけだ」

 

「おう、いいぜ。帰り道にスーパーで買って行くか。おふくろも喜ぶだろうよ。なんならデカいのを買って、半分はおまえのとこのテレンスやヴァニラに分けてやったらいい」

 

 

 ――けれど、まあ。確かに時間はいくらでもある。

 

 このDIOは人間と違って不老不死。承太郎を殺すのも、壊すのも、犯すのも。まだまだいくらでも猶予はあるし、いくらでもチャンスはある。

 

 だから、茶番と知りつつ、今日も今日とてこのごっこ遊びに付き合ってやるのだ。

 ありふれた『幸せ』に、くだらないと唾を吐きながら。お前のことを呪ってやろう。

 

 さすれば、このあと味わうスイカの瑞々しさだって。唾棄すべき笑い話のひとつになるだろうさ。

 

 

 

 

 

 

 

[end]

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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Masked World Star DIO承テイスティング企画

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