
初々しき、恋人たち (橙いんく)
歳の差、というものをこれほど感じた事はない。
100歳近く差があるとはいえ100年は海の底にいたのだ。知識や経験も20代そこらの連中と差して変わらないだろう。
私自身はそう思っていたのだが、時代の変化か、性格の違いか。私が18歳の頃を思い出しても此処まで初心ではなかったような気がする。
承太郎からの熱烈アピールの末、恋人同士というむず痒い関係に落ち着いた私たちは、今現在は空条邸に身を置いている。そしてこの広い屋敷の中で、張り付くようにして私の背後から腹部に腕を回している男こそが空条承太郎――私の恋人だ。
何故このような体制になってしまったのかは分からない。
自室で本を読んでいる間に学校から帰って来た承太郎は一言も発することなく、べたりと、まるで引き寄せられた磁石の様にくっついてきたのだ。
そうしてかれこれ、数十分はこの体制のままだ。
無言でグリグリと私の首筋に埋めた頭を擦り付けてくる承太郎に、いかなる反応をすべきか悩んでいた。
こういう態度こそ私からすれば甘えたな子供のように思えてしまうのだが、それを態度に出そうものならこの子供は憤怒するのだ。
「俺をガキ扱いするんじゃねー」
なんて眉間に皺を寄せた顔で機嫌を損ねるのは避けたい。
この空条承太郎も大分、私に熱を出しているようだがそんな様を見て愛らしいなと思う私も大概だ。同等か、それ以上か、私自身も承太郎に熱を出していることは自覚していた。
だからこそ、私はこの子供の行動にほとほと困り果てている。
恋人という関係になって何か月が過ぎただろうかと考えてしまうくらいには、時間も月日も経っている。
だが、だがしかし。
私は未だにこの恋人と体を一度も繋げたことがなかった。
このDIOが、未だに手を出せていないのだ。これはもう奇跡に近いと驚くべきか、承太郎のガードが固かったと嘆くべきか。
どちらが上になるのか。どちらが受け身になるのか言い争いをする以前の問題であって、そのような会話をするに至る過程までも私たちは踏めていない。
べたべたと身体を寄せて、私の匂いを嗅いで、時間共有をしているだけで喜びを感じている背後の男。
薄々気付いてはいたが…たぶん、いや確実にこの男、童貞である。
性行為だけを上げるのであれば18歳なのだから仕方ないと割り切れたかもしれないが、残念なことに恋愛経験もゼロに等しいのだろう。
モテないという訳では無い。むしろモテすぎる故か、恋愛自体に興味が無かったのか明らかに知識が欠落していた。
「同じページばかり見てて楽しいのか…?」
本を開いてはいるが読んではいなかった。背中にピタリと身体を密着させている承太郎のことに思考を飛ばしていたのだから読んでいる筈がない。
視線は本を向いたままだったので、私が考えあぐねていることに気付いていなかったのだろう。一向に進む気配のない本のページを見て承太郎が疑問を口にする。
本を読ませないように背中に張り付いてきた挙句、こちらを見て欲しいとばかりに額を押し付けていた貴様が言えた口ではないだろう。
そう言いかけた口は開いただけで言葉を紡ぐことなく閉じられる。承太郎の行動が意図したものであるのならニヤリと笑みを浮かべて茶化してやるところなのだが、全て無意識で行っているのだから手に負えない。
一つ屋根の下で共に暮らし、時間を共有し、手を握り、唇を合わせる。
私たちがこの数か月で踏めたステップはそこまでだ。
なんて清いお付き合いだろう、嘆かわしいにも程がある。
私としては早く次のステップへ進みたいと思っていた。欲を言うならば、ステップなんて煩わしいものを一つずつ踏むという悠長なことをせず今すぐにでも体を繋げたい欲があった。
想いを通わせる相手は目の前にいるというのに、何が楽しくて禁欲生活を送らなくてはならないのか。
イライラという苛立ちは思考するほどムラムラという性的欲求へと変換されていくようだ。そう感じるほど我慢の限界というものを感じていた。
「おい、承太郎」
痺れを切らして今日こそはと意気込みながら背後の承太郎に振り返ったというのに、見えた表情に押し倒してやろうと伸ばしかけていた手は動きを止めた。
表情はあまりにも些細な変化で一見真顔にも思えるだろうが、数か月は共に過ごしているだけあって私の眼は養われていた。
ただ目が合っただけだというのに承太郎は嬉しそうに目を輝かせていたのだ。純粋すぎる眼差しを見てしまえば何故か悪い事をしようとしているような気がして手が止まってしまう。身体の大きさは私と対して変わらないのだが愛嬌があるように見えるのだから不思議だ。
だがここで頭を撫でようと手を伸ばしてしまえば止めろと叩き落とされる事は経験上理解している。こっちを見ろと行動で示すわりには私が何かしようものなら拒むのだ。
全く持って理不尽である。
どうして欲しいのか私にはさっぱり分からない。
「やっとこっち見たな。せっかく早く帰って来たのに本ばっかり見てるんじゃないぜ」
ニヤリと笑みを浮かべた承太郎はそっと顔を寄せて軽く触れるだけのキスを贈ってきた。
だが、それだけだ。
触れるだけであっさり離れた承太郎はどこか満足げである。
こんなもので満足できるなんてお子様にも程がある。もっと深くまで私と交わりたいという欲求はこの男にはないのだろうか。
ワナワナと震えている私に気付いていないのか承太郎は鼻歌でも歌いだしそうなほど上機嫌だ。
今日一日、本を読んでいる素振りをしながら考えていた感情が今のキスを引き金に爆発しそうになっていた。
無意識で伸ばした手が承太郎の肩を強く掴む。ギラギラと欲に塗れた目をしているのであろう私と違い、肩を掴まれた承太郎は不思議そうに目を瞬くだけで身の危険というものは一切感じていないようにも見える。
どこまでこの男は初心なのか。この歳になってまさか精通もしていないんじゃあないかと些か不安を覚えた。
「…承太郎、これよりも先に進みたいとは思わないのか?」
我ながら相手の様子を窺いながら事を進めようだなんて珍しいこともあったものだと思う。
有無を言わさずに押し倒せばよいものを純粋無垢な眼差しとぶつかると、どうしても躊躇してしまうのだ。これが惚れた弱みというやつだろうか。
「先…、先ってなんだ?」
そう言って首を捻る承太郎に思わず脱力しそうになるのを必死で堪える。まだだ、ここで挫けてはいつまでたっても交わることはできない。
「キスより先ということだ。そこまで言えば流石に分かるだろう?」
もうこれ以上は我慢出来ないという感情が溢れ出しているのか、声からも分かるほど切羽詰っている私を見て、引き気味の承太郎が目をぱちぱちと数回瞬かせた。
言葉の意味を理解するのを待ってやる気はない。
問答無用、このまま床に押し倒してやろう。
そう思い肩を掴む手に力を込めるようとした瞬間、承太郎が私の腕を掴んでいた。
切羽詰るあまり承太郎の表情の変化に気付いていなかった。先ほどまでの素っ頓狂な表情とは違い、ほんの微かにだが赤みを帯びた耳を見て私は手を止めていた。
「てめーの言いたい事は理解できたぜ」
チラリと一瞬だけ向けられた視線は直ぐに逸らされてしまう。だがその眼にはしっかりと熱を帯びていたのが私には見えていた。初めて見えた表情ということもあり興奮から毛が逆立ちそうだ。
童貞だとか知識不足だとか散々な事を言ってしまったが、言葉を変えれば承太郎はまだ性について何も経験がない。つまり誰にも染められていない真っ白な状態ということになる。
未だ性の魅力を知らない承太郎を私の手で一から覚えさせることが出来るなんて、これ以上素晴らしいことは無いんじゃないか――
という事実に気分が高揚し始めた私を裏切るかのように、承太郎は私の肩を掴んだかと思うと、何故か天井を仰ぎ見る体制になっていた。
一瞬何をされたのか分からなかった。
天井と一緒に私を覗き込むようにして見下ろしている承太郎の表情が、先ほどよりも生き生きと輝いているのが疑問を増長させる。
「待て承太郎、これはどういう事だ」
「てめーから誘っておいて、どうもこうもねーだろ」
その言葉と同時に互いに顔を見合わせながら首を傾げていた。
もしかして互いに互いが抱くものだと考えていたということだろうか。不意をつかれて押し倒されてしまったのは仕方がない。けれど、このまま受け身でもいいかと安直に思えるものではなかった。
私は自身の欲望に嘘をつくことはできない。
承太郎の童貞をわが身で頂くのも楽しいかもしれないが、性を知らない承太郎に雄としての喜びよりも雌として教え込む方が魅力的に思えた。
この如何にも雄臭い男が、床では雄を咥えながら淫靡に腰を揺らしている姿を想像するだけで気持ちが昂るというものだ。
だからこそ、易々と上を取られるわけにはいかなかった。
その考えから肩を掴む手を押し戻して上体を起そうと試みたが、私が行動に移す前に承太郎は予想に反して上に跨るように体制を変えていた。
騎乗位にも見える体制に思わずドキリと心臓が跳ねる。漸く私の意志が伝わったのかもしれない。そんな甘い考えが通用するはずない事は痛い程理解していた筈なのに期待せずにはいられなかった。
身を屈めピタリと互いの体と体が合わさる。私の心臓と反響するように承太郎の心臓も煩く跳ねているのが聞こえた。
次に何をしてくるのかを期待しながら待っていたのだが、すりすりと身を寄せるだけでそれ以上動きはみられない。
嫌な予感がした私は疑問を口に出さずにはいられなかった。
「何をしているんだ?」
「何ってハグがしたかったんだろ?棺桶の中に一緒に入るのは流石に嫌だからな、ここでなら抱き枕になってやってもいいぜ」
耳元で聞こえた声は予想外ではあったが、天然らしいなんとも間抜けな言葉で思わず力が抜けてしまう。至って真面目に答えられたその言葉は承太郎の本心だろう。
やはり先ほどの言葉の意味は微塵も理解していなかったようだ。
真正面から抱き着いて首筋に埋められているため顔を窺い覗くことはできないが煩く鳴り響く心拍の音から、これでも承太郎にとっては精一杯のことをしているのだろうと嫌でも分かってしまった。だが、先ほども背後から抱き着いていたというのに今の行為と何が違うのかは私には分からない。
私の上に跨るところまでは良かったというのに、どこか思考がズレているのは天然故に成せる技なのか。遠回しな言葉を使えば永久に理解してもらえないことは明白だった。
それに身体を密着させることで集まり出した熱を放置していられるほど寛大な心は持ち合わせていない。
全体重をかけないための気遣いか、僅かに浮いた腰が視界に入る。
コート越しに浮かび上がる身体の線は艶めかしく、尻の形を強調するように見えるのは飢えているからではないはずだ。
我慢の限界を当の昔に迎えていた私は、承太郎の背に手を回して抱きしめ返す――のではなく、がしりと尻を両手で強く掴んでいた。
「…ッ!?」
驚きから承太郎の身がビクリと跳ねたことには気付いていたが、尻を揉みしだく手を止める気はなかった。
「DIO何して…ッ」
「キスの先が何故ハグになるのか私には全く、これっぽっちも理解できないぞ承太郎。私がしたいのはセックスだ、分かるか?まさかその単語も知らないとは言わせないぞ」
掴んだ腰を強引に引き寄せて服越しでも分かるほど昂った熱を押しあてる。さすがにグリグリと身体に擦り付けられる熱の存在が何か分からないほど子供ではなかったようだ。
「やめろ馬鹿、擦り付けるんじゃねぇ!」
「恋人に対してそれはあんまりだろう」
「てめーには恥じらいってもんはねーのかよ!」
煩く喚きながらも身を引こうとする承太郎の腰を捕えて引き戻せば、か細い悲鳴が聞こえた。本気で嫌がっているようにすら感じられるその声は止めろという言葉しか紡がない。
嫌がる姿だけならば興奮に繋がるが、今ばかりは萎えてしまいそうだ。求められる事に少しでも身体を熱くしてくれれば良かったのだが、幾ら尻を揉もうと、身を摺り寄せようと、承太郎自身が熱を生まない。
両想いだと認識していただけに、承太郎の反応は精神的に辛いものがあった。もしかしたら只の自惚れだったのかと、柄でもなく自信を損失してしまうほど承太郎の反応は宜しくないものだった。
「そんなに嫌なのか私と体を交えるのが…」
恋愛経験ゼロだと内心で承太郎を罵ったが、それは私とて同じことだった。
まともに恋なんてしたことはない。
少しばかり気を向けた女には平手打ちをされ、泥水で口を拭われるというトラウマすらある。決して馬鹿に出来る立場ではなかったことは認めよう。
だからこそ手を拱きながらも、承太郎に対しては考慮しているつもりだった。つもりではあったが、意味を成さなかったようだ。
私の声に覇気がないことに気付いたのだろう。必死に身を離そうともがいていた承太郎が動きを止めた。
応えは返って来ないまま沈黙が続く。応える気はないのかと思われたが、身体に回された手にギュッと強く力が籠ったのを感じその考えを打ち消した。
言葉を探しているのだろう。どんな言葉が返ってくるのか気が気ではなかったが承太郎が口を開くのを根気強く待っていれば、ぼそりと小さな声で何が言葉を零したのが聞こえた。
「…………ことないんだ」
「ん?すまん聞き取れなかった」
「だからッ、射精…したことねぇんだよ」
消え入りそうなほど小さな声で吐かれた言葉に一瞬思考が止まりかけた。こいつ今何歳だったか、そんなところから始まった思考は承太郎が言った言葉を理解するまでにかなりの時間がかかってしまった。
「それはつまり、精通していないというこ…ッ」
先ほどの言葉を紡ぐのにもかなりの勇気を使ったのだろう。改めて口にされるのは嫌だったらしく、躊躇なく鳩尾を殴られてしまい言葉は途切れた。
精通が遅い場合もあることは知識上知っている。だが、遅くても大抵は14歳くらいの年齢で済ませているものだ。余程清らかな私生活を送っていたか、性とは別縁の生活だったのか。
今はこんな形をしているが数年前までは優等生だったらしい事を考慮しても、やはり遅すぎるような気がした。
「してやりたいとは思うが…期待には応えられないぜ」
その声は小さく耳元でなければ聞き取れなかっただろう。
同じ男だからこそ言い出せずにいた気持ちも葛藤も分かってしまう。羞恥とはまた違う感情が蝕んでいたに違いない。そうなると、今までの思わせぶりな行為は強ち勘違いではなかったのだろう。
欲を持て余してはいても、どうしようもなかったのかもしれない。
頑なに拒んで話を流すのは、知られたくなかったからなのだと理解すれば、なんとも馬鹿らしい事に振り回されていたものだと思わずにはいられなかった。
けれど、承太郎が頑なに拒む理由が分かれば話は早い。手の打ちようは幾らでもある。
私の上に圧し掛かったままの承太郎を抱えるように腕を回しながら身を起すと、気まずそうに視線を逸らしている顔が見えた。
「それは杞憂という奴だな。年齢は十二分に満たしているんだ、ある程度刺激さえ与えれば否が応でも出るだろう」
やる気を出させるためには、快感を教え込むのが一番手っ取り早い。
知らない、分からないというのであれば、初めから手取り足取り教え込めばいいだけの話だ。難しい事ではない。
布越しに優しく撫で上げれば大袈裟なほど身を跳ねさせた承太郎は慌てて私の腕を掴んで止めていた。
「自慰すらしたことはないのか?」
「なんでそんなことまで言わなきゃならね…」
「ないのか?」
「……ある、事にはある。けど最後までしたことはない。痛いし、疲れるだけだ」
ゴツリと額と額をぶつけて威圧をかけながら尋ねれば、気圧されたように素直な返事が返ってきた。
一体どのようなやり方をしたのか。疲れるは同意できるが、痛いというのはやり方が下手だったとしか言いようがない。
いらぬ心配をしているようだが、私の手づから教え込むのであれば心配には及ばない。
今から私が行おうとしている事に気付いたのだろう。私の腕を掴んでいる手に力が籠るのを感じていたが、止める気はなかった。止めようとする手を外し再び布越しに性器へと触れれば、承太郎は困ったように眉をひそめた。
「やり方が下手だったのだろう。本来は痛みを伴わないものだ、私が刺激を与えてやるから身を任せるといい」
耳元に口を寄せて囁きながら優しく性器を撫で上げる。首筋に舌を這わせ、空いた方の手で身体を撫ぜれば、引き剥がすために肩を掴んでいた手は与えられる刺激に耐えるように強く握られていた。
「…ぁっ」
精通はしておらずとも快感は拾える。徐々に熱を帯び始めた身体は私の手の動きに翻弄されるように身を捩らせた。
漏れ出た熱い息と声は確実に快感を拾えている証拠だ。
布越しでも分かるほど勃ち上がった性器に気分は高揚する。承太郎には見えない角度で笑みを浮かべてしまったほどだ。
ベルトに手を掛けて外している間も承太郎は大人しくこちらを見ていた。止める気がない、というよりも生まれた熱を発散させる術が分からなかったのかもしれない。
下着の中から取り出した性器はしっかりと熱をもち勃ち上がっていた。
「舌を出せ承太郎」
「…は?なんでだよ」
「いいから言うとおりにしろ」
突然何を言い出すのかと目を瞬く承太郎に強い口調で促がせば、渋々といった面持ちで口を開いた。控えめに出された舌に食らいつくように舌を絡ませれば驚きから一瞬だけ身が離れた。
そんな行動はお見通しだ。きっと身を引くだろうと予想していた私は引き戻すように承太郎の頭部を抱え込んでいた。
「んん・・・ぅ!」
口内に逃げうせた舌を追い絡ませる。くちゅりと音を立てて唾液が混ざり合う音は承太郎の耳にも届いていたのだろう。ほんのりと頬は色付き羞恥を感じているのが見て取れた。
自慰ならば性器を扱くだけで十分だ。けれど性感帯は性器だけではない。歯茎をなぞり、口蓋を舌先でつつけば快感が走ったのかビクリと背筋を震わせた。
「ん…ンぅ、ぁ…んん」
射精すらした事がないという相手に対して、些かやり過ぎたかもしれない。口内を貪りながらも、立ち上がった性器へと刺激を与えれば快感に悶えているのか熱い息と共に声が漏れでていた。
とろりと溢れ出た液を塗り広げるように性器の先端を指の腹で擦る。粘着質な音は絡ませている舌から聞こえているのか、扱いている性器から聞こえているのか分からなくなりそうだ。
蕩けた表情の承太郎と視線が交わる。潤んだ瞳は熱を帯びたまま微かに揺らいでいた。
「ん、ぁ…あ、なんか、もれそう…っ」
カタカタと震え始めた脚が限界を訴えている。体験したことのない感覚に恐れがあるのか、縋り付くように額を摺り寄せた承太郎を宥めるようにキスを降らした。
「射精するだけだ、我慢する必要はない」
瞳は伏せられた瞼に隠されて見ることはできない。本当はこちらを見て欲しいところではあるが、私の与える快感を追っているのだと思えば悪くはなかった。
「あっ、ぁ…、ンンッ」
歯を噛みしめ声を殺そうと試みていたようだが、鼻から漏れる甘い声はしっかりと聞こえていた。
ビクビクと脈打った性器の先端からは勢いよく精液が放たれる。精巣に溜まってはいたが、出すきっかけが無かっただけなのだろう。ドロリと粘着質な精液を手で弄びながらそう考えていた。
「は、ぁっ……出た」
射精後の脱力感から、くたりと力なく身を預けていた承太郎がポツリと呟く声が聞こえた。羞恥も感じていたようだが、本当に出るのか分からない不安の方が強かったのだろう。聞こえた声からは安堵の色が見えた。
「ふむ、それも大分濃いのがな」
「そう…なのか、初めて見たからよくわからねぇ」
私の言葉を耳にした承太郎は重たい体を起こして、繁々と興味深そうに吐き出されたものへと視線を移す。
見てもよく分からなかったのだろう、首を傾げて視線を上げた承太郎と目が合えば、今更ながら羞恥を感じたのか微かに耳が赤くなるのが見えた。
「痛かったか?」
問われている意味は承太郎も理解している筈だが、答えを躊躇しているのだろう。視線は宙を彷徨っていて交わらない。
「……気持ち良かった」
あいかわらず視線は逸らされたままではあったが、素直な感想に思わず頬が綻ぶ。初心の扱いは面倒で仕方がないとは思うが、このような姿が見れるのであれば一興だ。そう思ってしまうのも、やはり惚れた弱みなのだろう。
「ふふふ、それは良かった。では続きをやろうじゃないか」
先を急いているつもりはなかった。あのような姿を見てしまえば欲情してしまうのも仕方ない事ではないだろうか。
間髪入れずに承太郎の肩を押して床に倒せば、狼狽した承太郎が慌てて口を開いた。
「…ッ今みたいにDIOのを扱けば、いいのか?」
「そうじゃあない、私は承太郎と体を交えたいと言っただろう」
今の体制を考えれば直ぐにわかりそうなものだが、一々言葉にしなくては理解してくれないらしい。先ほど私が言った言葉をもう忘れたのかという呆れから思わずため息が零れた。
「男同士だぜ?突っ込むところなんて」
「尻の穴があるだろう」
さも当然とばかりに言い放つと承太郎は驚いたように目を見開いたかと思えば、一瞬にして青ざめた。
ああ、なにか嫌な予感がする。その表情を間近で見ていた私は瞬時にそう思ってしまった。
「……嫌だぜッ、尻が裂けちまうだろう!」
その言葉はやけに頭に響いて聞こえたような気がした。漸くひとつステップを超えたと思ったが、まだ大きな壁が残っていたようだ。
今にも泣き出しそうな悲壮感溢れた顔で、嫌だと首を横に振る承太郎の姿に前途多難だと思ったのは言うまでもない。